第33話 いろいろアップデート
冒険者チームの準備が整うとライラを先頭にニナやポックルたち子供冒険者とピピアたち新人冒険者は依頼を兼ねた訓練をするため村の外へと出て行った。そんな冒険者チームから遅れること数分、着替え終わったヴィエラがスタッフルームから出てくるとそのままいそいそと店を出て行き人区の方へと歩いて行ってしまった。
店に一人取り残された俺は、死にかけた時に神のジイさんから貰ったものを思い出し実際使ってみて確認することにした。
まず地球からの転移者の中で最短死亡記録保持者である俺を心配(?)して与えてくれた肉体を強化するスキルというものを使ってみた。ジイさんの説明ではこの肉体強化スキルってのを使えば人や魔物から攻撃されてもそうそう死ぬような事にはならないと言っていたが果たして・・・・。
【 肉体強化 】
次の瞬間、俺の体を薄っすらと白く輝く光が包んだ。
・・・・これで肉体強化できたのか?
俺は実感ができなかったので店にある果物ナイフで自分の胸を一突き・・・・するのは怖かったので、掌にナイフの刃を突き立ててみた。
「痛ぇ!!!」
人や魔物からの攻撃で死ぬこともないなどと神のジイさんは言っていたが、今俺の掌はスパッと切れ血が出ている。思わせぶりに俺の体を包んだあの光はなんだったのかとツッコミたくなるほど俺の掌は見事に切れていた。
「・・・・あのホラ吹きジジイ」
次に、ジイさんのいた神の間から帰るときに渡されたこの【スキルポイントカード】というやつを確認してみることにした。肉体強化スキルなどというクソの役にも立たないスキルのようにこのカードもあまり期待はできないが一応確認してみようと手に取ると、先ほど自分で切った掌の血がカードに染み込んでしまった。
俺は自分の掌にゴム状の包帯を巻く。ちなみにこの包帯は俺が刺された時に治療に使われていたものと同じものだ。どうやらこの世界では一般的に使われているものらしく、この包帯には治癒スライムというものが使われているのだとか。
詳しい事はわからないが止血できるならなんでもいい。
俺が止血していると血が付いたスキルポイントカードが光り出し、カードに俺の名前と初回10000pt付与の文字が表われた。どうやらこのカードに付与されたポイントを使っていろいろなものと交換できるようだが、一つ文句を言いたい。
俺の名前欄に【マスター】とあるが、俺の名前はもちろんマスターではない。
まぁ今更名前なんかどうでもいいことだが・・・・。
そんなことよりポイントカードだ。
今までであれば店の経営に必要な物くらいしかスキルで出せなかったが、このカードを使えば色々な物が際限なく出せるようだ。ただし、高価なものほどポイントがかかるようで日本で使っていた電化製品なんかはとても今あるポイントでは交換できない。
付与されるポイントは一日一回、どうやら開店から閉店までその日に店を訪れた客の数や売り上げで割り振られるようだ。客数や売り上げが少なければポイントも少なく多ければポイントもたくさん付与されるというシンプルなものだった。
ポイントと交換できる商品のラインナップは俺の頭の中に浮かび上がって来た。この頭に浮かんできた中から選び強く念じればこの場に具現化できるようだが、テレビやパソコンといったものがこの世界で使えるのか疑わしいところだ。もし交換することがあればしっかり考えて交換しなければならないだろう。
「だが何より、この不便な異世界で俺には絶対欲しいものがある」
俺は頭の中で日本にいた時に使っていた自分の車を強く念じた。するとカードに『ポイントが不足しています』という文字が現れた。必要ポイントは100万ポイントらしく今の俺ではどうひっくり返っても交換できないと諦めようとしたとき、カードのBuyの表示がRENTへと変わる。
どうやら全てではないが、レンタカーのように貸し出ししている車もあるようだ。レンタル料は一日の売り上げの5~8%となかなかお得だ。俺はじっくりとレンタカーのラインナップを確認する。
「あ、これだ!」
俺は一台の車が目につくと即決でレンタルした。
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「ただいま帰りましたですよ。今日も無事キカンしましたです」
夕方になってニナたちが帰って来た。ライラはギルドに呼び出されたとかでニナ達を店に送り届けると一人で冒険者ギルドへと向かったらしく店には姿を現さなかった。ニナやポックルたち獣‘sの子供たちと共に疲労を感じさせながらも満足そうな顔をしたピピアたち新人大人冒険者たちも店へと入って来た。
ポックルたちやピピアたちが店内で談笑している中、ニナは駆け足でスタッフルームへと入って行き数十分後、シャワーを浴び制服に着替えてホールへと戻って来た。かなり急いで支度したことをバスタオルで乱雑に拭かれたニナの濡れた髪が俺に教えてくれた。
「そんな急がなくていいぞ? ポックル達とお茶でも飲んで少しくらいゆっくりしたっていいんだからな?」
「そうはいきませんですよ。すーつそむりむの道は一日にしてならずと言いますですから」
そう言うとニナはムフーッと鼻息荒くドヤ顔をしている。どうやらニナには冒険者として受ける依頼も甘味屋での仕事も楽しいらしく、大好きなスイーツの勉強もかなり頑張っており以前俺がスキルで出してやった和菓子や洋菓子が紹介された本に載っている菓子の名前と製法を全て覚えてしまっていたくらいだ。
「ねぇ、ますたぁ。しゃわぁるぅむに大きな白い箱がありましたですがアレは何に使いますですか?」
「箱?」
「ハイです。大きくて白い、、、あ、下に猫さんの足がついていましたですよ!」
・・・・まさか!?
俺はニナとの会話を中断し急ぎスタッフルームの中にあるシャワールームへと向かった。
「これは・・・・」
シャワールームのドアを開けると元々は一坪程度の広さしかなかった空間が拡張されており更には白いバスタブまで設置されていた。しかもこれは猫足バスタブというやつだ。
これは神のジイさんからのプレゼントではなく、俺のスキル【甘味屋】がレベルアップしたことによる恩恵のようだ。
それにしてもこの世界には風呂という習慣がないのだろうか? ニナがバスタブを箱と言った事から考えて風呂自体が無いのか、もしくは風呂というものは貴族や王族のような高貴な連中しか使えないといったところだろう。
そんなものが一般庶民である俺の店にあるなどと周りに知れたら確実に面倒な事になる。仲間たち以外には絶対に秘密にするべきだろう。
であれば、この仲間以外に入ることができないスタッフルームに風呂場が設置されたことは僥倖だった。
今夜さっそくニナ、ライラ、ヴィエラを集めて風呂の説明と口止めをしなければならない。そしてその後は念願の入浴タイムだ。
俺は異世界に放り出されてから初めて風呂に入れる喜びに自然と顔がニヤついてしまっていた。それから夜、店を閉めるまで終始ニヤニヤしていた俺を見たニナたちが不気味がり少し距離をおかれていた。
日が沈み店を閉めるとポックルやピピアたちも帰宅した。店の閉店作業の後、俺たち甘味屋4人は店の円卓ダイニングテーブルに用意された食事を囲み夕飯をとっていた。今日の夕飯担当はヴィエラだった。
ヴィエラが作る料理はどこか日本にいた時に上司に連れて行かれてご馳走になったことのあるベトナムやタイの様なアジアンテイストの料理だった。この丼に盛られた麺料理なんかベトナムのフォーにそっくりだし、こっちはタイのパッタイという料理にそっくりだ。
「ヴィエラちゃんの料理は美味しいのですよ。これならヴィエラちゃんはいつでもお嫁さんになれますです」
ニナが両手にスプーンとフォークを握り口いっぱいに料理を放り込んでヴィエラの料理をベタ褒めする。そんなニナからの賛辞を受けヴィエラは微笑んだ。
「あら嬉しい。でも肝心の相手がいないからねぇ、誰か私を貰ってくれるステキな旦那様はいないかしら?」
そう言ってヴィエラは悪戯っぽい笑みを浮かべ俺を見た。俺は慌てて目を逸らし話題を変えようと頭を働かせる。
「あ、そうだった。今度シャワールームに浴槽を備え付けたのでよかったら皆さん使ってくださいね」
「「 え!? 」」
俺の言葉に反応したのはライラとヴィエラだった。ニナは浴槽というものがわからなかったようで反応を示さず、引き続きヴィエラの料理を頬張っていた。
「マ、マスター殿! それは真か!? これがもし虚偽であれば見過ごすことはできぬぞ!?!?」
「そうよ、マスターさん。もし嘘なら体で・・・いや、お菓子で償って貰わなきゃならないわよ!?」
俺は2人の豹変ぶりに驚いたが、どうやらこの世界にも風呂はあるようで少し安心した。これなら風呂を隠す必要はないかもしれないからだ。
「お風呂って貴族や王族しか入れはいはずよね、ライラちゃん?」
・・・・え?
「あぁそうだ。私も風呂に入るのは久しぶりだ」
・・・・えぇ!?
「あら、ライラちゃんってやっぱり貴族様かなんかなの?」
「いや、昔懇意にしていた貴族の屋敷に招待された時一度だけ入ったことがあるのだ」
「まぁそうだったの。でもこれからは毎日入れちゃうわね」
「うむ。一番風呂はこの家の主であるマスター殿に譲るとして、2番目は毎日じゃんけんになりそうだな」
「ふふっ お風呂楽しみね」
前言撤回。
どうやら風呂の存在は仲間以外には喋らない方がいいようだ。風呂などという高級品を俺みたいな庶民が持っていれば確実に面倒が起きるに決まっている。
俺がそんなことを考えていると、ニナを含めたライラたち3人はじゃんけんで入浴の順番を決めていた。風呂というものが何なのかイマイチわかっていないニナではあったが、何か楽しそうだからという理由でじゃんけんに参加したようで無欲の勝利とでもいうべきか、そんなニナが俺の後の二番風呂の権利をライラやヴィエラから勝ち取っていた。
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