第21話 ヴィエラの怒りとハニーコールド
俺たち4人が談笑していると3人組の男たちが店に入って来た。彼らの恰好から察するに人区に住む村人のようだが、獣区にある得体の知れない俺の店に来るのは珍しい。3人はカウンター席から少し離れたテーブル席に座りこっちを見ている。『こっち』といっても彼らの視線の先には俺やニナの姿はなくヴィエラやライラを見ているのはすぐにわかった。
まぁ、美人2人を見ていたいのはわかるが凝視するのはどうかと思う・・・・。
「ねぇちょっと、アレ。 さっきからオークみたいな下卑た目でこっちを見てるのだけれど・・・・」
「あまりジロジロ人の事を見るのはよくないと023番が言ってましたですよ」
023番というのはニナが強欲商人の奴隷をやっていた時に一緒だった奴隷仲間だろう。強欲商人は獣人嫌いだったようで、奴隷の中でも獣人奴隷に対して口のきき方が気に入らないだの仕事が遅いだのと難癖付けては折檻と称しムチや棒で痛めつけて楽しんでいたようだ。
そんな強欲商人の下にいた023番という獣人奴隷は、まだ言葉もロクに喋れなかった当時のニナに主様や人族をジロジロ見るのは失礼だからなるべくジロジロ見たり目を合わせないようにと教えてくれてようだ。
ニナの世話を焼いてくれていたその023番はおそらく、幼いニナを守るためにそう教えたのだろう。自分の事で手一杯だっただろうに立派なものだ。
「きっと彼らはニナが可愛いから見ているのであろう。ニナはこの店の看板娘だからな、彼らの目を引いてしまうのも仕方のないことだ」
「えへへへ」
「そうね。ニナちゃん可愛いから」
2人に乗せられたニナは嬉しそうにカウンター席から立ち上がると3つのグラスにそれぞれ水を入れる。そのグラスをお盆に乗せ男たちがいるテーブル席へと持って行き注文を取り始めた。
ヴィエラとライラが座るカウンター席はちょうど注文を取るニナの後ろにあり、そのため2人を凝視する3人の目には必然的にニナの姿も入る。そんな偶然が重なったこともあって彼ら3人は自分を見ているのだと完全に勘違いしてしまったようでニナは注文を取りながら顔を赤くして照れていた。
店に入れたということは悪意を持った者ではないため、ヴィエラやライラには悪いが俺は彼らを放置することにした。ヴィエラは自分たちに向けられた彼らの視線を少し気持ち悪がっていたが、ライラは本気で彼らがニナを見ていると思ったらしく、「ニナに不埒な事をするようであればその場で斬り捨てる」などと物騒な事を言い腰に差した剣の柄の部分に手を置いて警戒していた。
「ねぇ、そんなことよりさっきの話の続き聞かせてくれないかしら? 獣人ちゃんの子供たちを預かったのよね?」
気持ち悪い視線を振り払うようにヴィエラは3人の男たちに背を向けると隣に座るライラの方を向き言った。ライラも腰の剣から手を放すとヴィエラの方へと向き「うむ」と首肯する。
「たしかにライラさんが預かる事となったのですが、子供たち一人につき1日銅貨3枚を要求されまして・・・・」
話しにくそうに苦笑いをしていたライラと興味津々でライラの話を待っているヴィエラの間に俺が割って入る。
「はぁ? なにそれ!? 冒険者として育ててもらっておいてお金まで要求するとか何がどうなったらそんなことになるのよ!?」
案の定、ヴィエラがかなりご立腹だ。無理もないだろう、俺だって当初は腹がったのだから。本来、ライラが子供たちを冒険者として育てなければいけない義理などないのだ。それでもライラは「子供たちを『貸し出す』のだから金を払うのは当然だ」などと言う族長アルマンに対し、律儀に子供たちとした約束を守るため彼ら一人につき銅貨3枚を支払う事を了承したのだ。
そんなライラに金まで出させるわけにはいかないと思い、銅貨3枚は俺が支払うと提案すると、族長のアルマンは憎たらしい俺に一矢報いてやったと言わんばかりにニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ留飲を下げていた。
ポックル達は「冒険者を教えてもらって金まで取るわけにはいかない」と言ってアルマンに食って掛かったが「だったら今までお前たちを育てるために使った分の金を払え」とアルマン言われると返す言葉が無かったようで俯いて悔しそうに口を噤んでいた。
「なによそれ!? 下衆な族長ね。一発殴ってやろうかしら!?」
話を聞いたヴィエラはギュッと拳を握るとカウンター席のテーブルにドンッと振り下ろした。
―――――テーブルが壊れるから勘弁してほしい。
ライラとヴィエラを凝視していた男3人組もいきなりブチギレたヴィエラに驚くと、なぜか手を膝に置きピンと姿勢を正していた。ニナも突然大声を張り上げたヴィエラに驚いたようでビクッとすると耳や尻尾の毛を逆立てて姿勢を正している。
「ヴィエラ殿の気持ちもわかるが、それでは代金を支払ったマスター殿の善意を踏みにじってしまう事になるのでな。ここは堪えてもらいたい」
たかだか銅貨3枚、面倒を見るのはポックルたち3人だから合わせて銅貨9枚(日本円でだいたい900円くらい)だ。そのくらい微々たるものだ。
「たかだか銅貨9枚じゃない! そんなもの微々たるものよ!!」
一瞬俺の考えてることが読まれたのかと焦ったが、その程度の金額でライラが俺に恩を感じたうえ、そんな下衆に従うことはないのだとヴィエラも言いたいのだろう。話を聞いたヴィエラは怒り心頭となり、本来、怒るべきライラを差し置いてヴィエラが彼女の分まで怒っていた。
「私としては子供たちがこの村から自立できれば良いと思い引き受けたことなのだ。ヴィエラ殿もこの村の現状については知っているであろう?」
「・・・・まぁ、わかるけど。わかっているけど・・・・。」
ライラが言うこの村の現状というのは、人族と獣人族の確執から生まれた貧富の差のことだろう。彼女は苦しい生活を送る獣人族全員を助ける事はできないが、せめて自分の手が届く所は助けてやりたいと考えていたのだ。
この村にいられるのは商業ギルドとの契約上10日間だ。その間にライラはポックルたちを一流、とまではいかなくても普通に冒険者として生活できるくらいにはしてやりたいと考えている。当のポックルたち3人も冒険者として生きていくため真面目にライラの訓練に励んでおり、驚くほど成長が早いようだ。
また一番幼いミーアに関しては、魔術も剣術もとてつもない才能があるらしく、いずれ良い魔剣士になるだろうと嬉しそうに笑っていた。それでもヴィエラとしては自分の友人がそんな理不尽な目に合ってるのが許せないのか、怒りが収まらないようだった。
「お待たせしました」
そう言うと俺は怒り心頭のヴィエラの前にキンキンに冷えたアイスコーヒーを置いた。もちろんただのアイスコーヒーではない。
「なによこれ? 私頼んでないわよ!?」
ヴィエラが俺に向けて放つ言葉にも怒気が含まれていた。とばっちりを受けて俺まで彼女を怒りを買うのは勘弁願いたいと思いつつ、彼女の怒りを鎮めるためにこの一杯のコーヒーを作り彼女に出した。
「まぁ飲んでみてください」
ヴィエラはグラスに注がれた冷たいコーヒーを訝しんでしばらく見ると、グラスを握り一口飲む。
「あら、甘くて美味しいわ。砂糖の甘さではないわね、それにミルクも入っていないわ」
『甘い』と『美味しい』というワードが3人の男たちと固まっているニナを我に返したようで、ニナは俺たちがいるカウンター席へと急いで戻ると俺に3人から取った注文を告げヴィエラが飲んでいるものと同じものを注文した。
だがコーヒーにはカフェインが入っているため、ニナは15歳になるまでコーヒーはお預けという約束があるため注文を却下する。代わりにニナには水ようかんとジャスミンティーを出してやると水ようかんを始めて食べたニナは喜んでくれたようだった。
「フカクでありますですよ。『すーつそるえむ』の私にもまだ知らない甘味があるなんて、フカクでありハイボクといってもカゴンじゃありませんですよ。でも、私はすーつそるえむとしてこのフカクでハイボクの味をしっかり覚えておきますですよ、ますたぁ!」
「よくわからないけど、すーつそるえむじゃなくてスイーツソムリエだな。まぁ美味かったのなら良かった良かった」
「ますたぁ、おかわりをお願いしますですよ。私はこのフカクでハイボクの甘味と向き合わなければなりませんです」
ちょっと何言ってるかわからないニナからのアンコールを聞き、俺はもう一皿水ようかんをニナに出した。ニナは「フカクなのです。ハイボクなのですよ」などと言いながら美味しそうに食べていた。
「ねぇ、ちょっと! 聞いてるの?」
「はい、なんでしょう?」
すっかり忘れられて放置されたヴィエラがカウンター席のテーブルをトントンと叩いて俺を呼ぶ。エゼルバラルにいた時は『泥水』と揶揄されていたこのどす黒いコーヒーが砂糖を入れたわけでもないのになぜか甘く、飲みやすいことに驚いていたヴィエラは先ほど中断してしまったこのコーヒーについて説明を求めていた。
「これは『ハニーコールド』というアイスコーヒーです」
「はにぃこうるど? また何か難しい名前の飲み物ね」
ハニーコールドはアイスコーヒーにハチミツを加えただけのアレンジコーヒーだ。ハチミツを入れることによってシュガーシロップより味の深み、質感のなめらかさが格段にアップするのだ。もちろん、ハチミツが入っているため甘くコーヒーが苦手な人でも飲みやすい。
「・・・・まぁ、悪くないわね」
ヴィエラはさっきまでの怒りが消えたようでハニーコールドを味わいながらゆっくり飲んでいる。相変わらずこの人はコーヒーの入ったグラスを両手で持ち飲んでいる姿が可愛らしい。
「な、なぁオヤジ!」
カウンター席の後ろに座ってずっとライラやヴィエラを凝視していた男たちが俺に声をかけて来た。それにしても『オヤジ』というのは失礼ではないだろうか、アンタらの方がどう見ても俺より年上だろう。
「俺たちにもそれ、その何とかって菓子と何とかって飲み物をくれないか?」
3人組の男たちはどうやらヴィエラが飲んでいるハニーコールドとニナが食べている水ようかんをご所望のようだ。先ほどニナに手渡された注文票を見ると、彼らは紅茶の実を3つ注文したようだが、ヴィエラにオークと揶揄された彼らが上品に紅茶を飲んでいる姿を想像し少しおかしかった。
「かしこまりました、すぐにお持ちします」
「お、おぉ。頼むぞ!!」
注文が終わると彼らは「へへっやったぜ、これであのベッピン達と同じものが食える」だの「あのネーちゃんたちと同じものが俺の胃袋に」だの「ネーちゃんたちの口の中の物が俺の口にも」などと少し気持ち悪い話声が聞こえてきたが俺は聞こえないふりをした。
そんな彼らの気持ち悪い会話はライラやニナにも聞こえていただろうが、彼女たち2人は男たちが何を言いたいのかよくわからなかったようで聞き流していた。ヴィエラに関してはちゃんと意味がわかっていたようで、さきほどやっとハニーコールドで収った怒りが再燃し今にも殴り掛かるのではないかと俺は一人ヒヤヒヤしていた。
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