第20話 意外な来客

 獣区を統括する族長アルマンの家から戻った俺は、一人開店準備を始めていた。店の外に店名と本日のオススメメニューが書かれた看板を出し玄関先を軽く掃除する。普段であれば早朝にニナがやる仕事だが、ニナはアルマンの家を出るとライラやポックルたちと共に冒険者ギルドへ向かった。ポックル達が冒険者となることをアルマンに許可してもらいライラがポックル達と共にニナも連れて行ったのだ。


今日の予定は冒険者ギルドにポックル達を登録した後、簡単な依頼を受けながらライラが冒険者の仕事を彼らに教えるというニナが冒険者となった時と同じ流れでいくようだ。


ポックルとカイルそしてテトラの3人は、自分たちの年齢を12歳だと思っていたようだが、冒険者ギルドで登録する際に受けたステータスの鑑定でテトラとカイルは13歳、ポックルは彼らより一つ上の14歳ということが判明したらしく、一番年上のポックルが3人のリーダーとなることとなったようだ。


まぁ年齢関係なくあの3人の中でリーダーを決めるなら、常に先頭に立ってみんなを引っ張っていたポックルが適任だろう。こうして、ギルドへの登録が終わり見習い冒険者となった3人とニナを引き連れライラはさっそく町の外へと出て行ったようだ。


 ニナより年下の幼いミーアに関しては、まだ冒険者になることはできないらしく俺の店で今日1日預かることとなった。だが、俺が開店準備をしているといつの間にか店の中にミーアの姿はなくなっていた。


俺は1日中店内にいても退屈だろうからどこかへ一人で遊びにでも行ったのだろうと思いあまり心配などしなかったのだが、後にライラから聞いた話ではミーアはライラたち一行に、隠れてついて行ってしまったらしい。


本人は上手く尾行しているつもりだったようだが、ライラには気配でバレバレだったようですぐに見つかるとミーアはコンコンとライラにお説教されたようだ。ライラとしても隠れて付いて来られるより傍に連れて歩いていた方が何かあった時に守れると考えたため渋々ではあるが、ミーアの同行を許可したようだ。



 こうして店に一人になった俺は、開店準備が終わると店の玄関先に貼られた『準備中』という札をひっくり返し『営業中』の表示に変え、客が来店するまでの間コーヒーでも飲んで待っていようと思い自分用のコーヒーを作った。


昨日、俺の店に来た客はポックルたち(金は取っていない)と依頼を終えて帰宅したライラとニナの5人で、店の客としては実質2人だった。そのため今日も早々に客など来ないだろう踏み俺はエスプレッソシェケラートを作る。


エスプレッソシェケラートとはハーブやスパイスの香りが豊かなドランブイというリキュールをベースにしたドリンクだ。そこへさらにヨーグルトの酸味を加え、よりすっきりした味わいに仕上げる。


作り方は簡単で、材料であるエスプレッソ60㏄にヨーグルト20㏄、トランブイ10㏄、グラニュー糖10g、そして氷をお好みで適量をドリンクミキサーにすべて入れ、撹拌(カクハン)する。ドリンクミキサーがなければ家庭用ミキサーでも全然OKだが、ドリンクミキサーを使うとクレマ(表面の泡)が空気と反応しムース状になる。


ちなみに、エスプレッソシェケラートはエスプレッソで作る方法が定番だが、ハンドドリップなんかで濃いコーヒーを淹れて作ってもそれはそれで美味である。



「いただきます!」



俺はエスプレッソシェケラートを注いだグラスに口を付け味を確認するようにゆっくり飲んだ。美味い。純粋なコーヒーもいいが、たまにはこういった飲み方も悪くない。アレンジコーヒーは他にも以前作ったフィーユ・フレイズや日本ではあまり馴染みのないカフェラテシェケラートなんていうのもある。俺にはどちらも少し甘すぎるが、フィーユ・フレイズもカフェラテシェケラートも抜群に美味い。


こんな美味いものを知らないこの世界の人たちは人生の1/3を損しているようにさえ俺には思えるくらいだ。


そんなバカなことを考えながら一人エスプレッソシェケラートを啜っていると店の扉がバタンッと勢いよく開いた。この世界には『店の扉は勢いよく開きましょう』などというマニュアルでもあるのかと思うくらい、うちに来る客は毎回店の扉を勢いよく開けるのだ。


何はともあれ、この村に来て初めてのご新規さんだ。コーヒーも接客も客の満足いくものを提供しなければ、と、俺は持っていたグラスを置き気を引き締める。


「いらっしゃいませ、ようこそ喫茶『甘味屋』へ。お好きな席へどうぞ」


「あら、マスターさん。今お一人? ライラちゃんにニナちゃんは出かけてるのかしら?」


見るとそこにはマントを羽織り冒険者風の出で立ちをして立っているヴィエラの姿があった。ヴィエラは普段『鮮血』などという物騒な2つ名が表す様にエゼルバラルでは真っ赤なドレスを着ていたため、こういう地味な格好を見ると俺には少し新鮮に感じた。


    ――――まぁヴィエラの冒険者スタイルはスタンピードの時にも見たが。



「やぁヴィエラさん、遠いところをわざわざありがとうございます」


俺は笑顔でヴィエラの来店を歓迎するとヴィエラは腕を組んで不満そうな態度を取った。何か機嫌を損ねる事でもしたのだろうかと心配になるがそうではなかった。


「私を置いてニナちゃんたちと町を出るなんてヒドいじゃない! マスターさんにとって私は遊びだったの?」


そう言いながら手を目に当て泣く素振りをするが、彼女の目は笑っていた。遊びも何も俺は彼女に指一本入れ・・・もとい、指一本触れていないはずだ。いや、もしかしたら甘味を提供するとき手が触れた事くらいはあったかもしれないがそのくらいは許してほしい。


「ヴィエラさん、誤解を招くような事を言わないで下さい。私としてもエゼルバラルで店を続けられるのであれば続けたかったのですから」


俺はヴィエラの冗談とわかっていながらも焦ってヴィエラに言い訳をする。それなりに年を重ねた俺だが女性の扱いはあまり得意ではなく、ましてやヴィエラのような美人なら尚更で噓泣きとわかっていても動揺した。


「あはは、冗談よ。あいかわらずねマスターさん」


ヴィエラはエゼルバラルの町で営業していた時に使っていた自分専用(ヴィエラが勝手に言っているだけ)のカウンター席に座る。


「勘弁してくださいヴィエラさん」


俺は席に着いたヴィエラに紅茶を出すと彼女は笑顔で受け取りカップを両手で持ってゆっくり飲み始めた。美男美女ってのはただお茶を飲んでる姿ですら絵になるもんだな、などとくだらない事を考えながら見ているとカップを置いたヴィエラと目が合う。


「ねぇマスターさん、さっき飲んでたアレって新作?」


「エスプレッソシェケラートですか?」


「ふぅん、なんか小難しい名前ね。私にも一杯もらえるかしら?」


「かしこまりました」


アレンジコーヒーとはいえ久々にコーヒーの注文が入ったのが嬉しかった俺は、カステラと一緒に出した。ヴィエラからカステラの注文が入ったわけではないが、わざわざエゼルバラルから来てくれたお礼だと伝えると喜んでくれたようだ。


「さわやかな味で美味しいわね。でも私はもう少し甘くてもいいわ」


「では、こちらはどうでしょう」


おそらく、うちのエスプレッソシェケラートでは甘党のヴィエラにはちょっと物足りないだろうと思い、俺はカフェラテシェケラートを作っていた。これは牛乳でマイルドになったエスプレッソにガムシロップやチョコレートソースも加わり甘党なヴィエラにとってはドンピシャな飲み物のはずだ。


「うん、美味しい。やっぱり甘味屋の甘味は最高だわ」


   ―――――まぁ、一応それコーヒーなんですがね・・・・。


その後、ヴィエラは大好物のガトーショコラを注文し、食べそびれた日数分を取り戻すかの様におかわりをした。店内で菓子を美味そうに食べているヴィエラが店の窓越しに外を歩く人たちの目についたのか、店の前を通りかかった冒険者や商人たちが数名来店しヴィエラと同じものを注文してくれた。


菓子はもちろんだがシェケラートの方もかなり好評だったようで、客の何人かに作り方を聞かれたが企業秘密と伝えた。菓子やケーキに関してはスキルで出しているため作り方など聞かれても俺がわかるはずがないのだ。そしてコーヒーに関しては教えても豆がないから彼らには作れないだろう。


それにシェケラートという飲み物はバリスタの腕によって味が変わってしまう飲み物なのだ。下手な奴が作れば同じ材料を使い正式な手順に従って作ったところで全然違う飲み物が出来上がってしまう。


そんなものをシェケラートと銘打って販売されても困る。そのため俺は今はまだ菓子もコーヒーもレシピを公開するつもりはない。



「ただいま帰りましたですよ!!」


「今帰ったぞ、マスター殿」


店に来た数人の客とヴィエラからの注文に対応しているとライラとニナが帰って来た。まだ数時間しか経っていないが依頼を終えたため2人はポックルたちと別れて帰って来たようだ。また無断で付いて来てしまったミーアの体力的な事も考慮し、今日は早めに切り上げたのだとも言っていた。


ライラはポックル達に薬草の種類や魔物の解体の仕方、そしてほんの少しではあるが木剣を使っての戦闘訓練もしたようだ。ポックルたちは戦闘の基礎をライラから教わるものの、剣など初めて握ることもあってすぐに息を切らせて座り込んでしまったらしい。


そんな彼らの中で、意外にも武術における才能の片鱗を見せたのがミーアだったようだ。


ミーアはライラから教わったことを信じられない速さで吸収していったのだとか。案外、彼らの中で一番強くなるのは最年少のミーアかもしれないと言ってライラは楽しそうに笑っていた。


「あれ? ヴィエラちゃん!? ヴィエラちゃんがいますですよ!!」


「やっほ~。ニナちゃん元気だった?」


久々の再会にニナはヴィエラの所へと駆け寄ると抱きついてヴィエラに顔をうずめた。ヴィエラにはさよならの挨拶もできずエゼルバラルを出てしまったためニナは寂しかったようで抱きついたまま離れようとしない。


「久しぶり・・・・というほどでもないか。よく来たな、ヴィエラ殿」


「ふふっ ライラちゃんも相変わらずね」


ヴィエラの腰に手を回して抱きつき顔をうずめているニナの後ろでライラもヴィエラと言葉を交わし握手をする。それから女3人の会話に花が咲き、今日はヴィエラがうちに泊まっていくと知ったニナは喜んだが、昨日のように夜更かしはダメだとライラに釘を刺されると、ニナは自慢の猫耳をシュンと倒してしょんぼりしていた。

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