第19話 カフェモカな気分の日 ~強欲な族長アルマン~

 朝になると、昨日、うちに泊まったポックル達の案内で獣区をしきる族長の所へと向かうべく、俺はライラやニナと共に店を出た。昨夜は友達とお泊りするのが初めてだったニナが興奮して眠れなかったようで、同じく他所の家に泊まるのが初めてでなかなか寝付けずにいたテトラとカイルの2人と夜遅くまで話していたようだ。ちなみに、ポックルとミーアと俺は布団に入るやいなや、すぐに寝息を立てて気持ちよさそうに眠った。


最初、子供たちは店のレベルアップにより従業員休憩所に新しくできたニナの部屋でみんな一緒に寝るつもりだったようだが、さすがに4人が眠れるほどのスペースはなかったためニナもポックルたちや、何故か部屋のベッドで寝ようとしていた俺も一緒に従業員休憩所の広間で寝ることとなった。


ニナは同性という事もあってかミーアと寝るまで話したかったようだが、ミーアがすぐに寝てしまい少し残念そうにしていた。それでもニナと同じく眠れずにいたテトラやカイルと遅くまで話し込んでおり、自分の部屋で寝ていたライラから「早く寝ろ」と怒られ、3人は渋々布団にもぐり目を瞑ったようだ。


初めて夜更かしをしたニナたちは、案の定、時間通り起きれなかったため朝食を食べ逃し激しく後悔していた。そんな3人に対しポックルは、「朝食はサイコーだったぜ! あれを食べ逃すなんてオイラなら一生後悔したよ」などと煽っていたが、うちの朝食などそこまで後悔するほど豪勢な物でもない。なので俺としてはポックルの煽りが少し恥ずかしかった。


その後、朝食を抜いたうえライラから、「だから早く寝ろと言ったのだ」とお説教をされるという泣きっ面に蜂状態の3人に後でおにぎりでも食べさせてやろうと思い、俺は店を出る時に作ったおにぎりを族長の家に向かう途中で3人に2つずつ渡した。


「着いたぜ、ここが族長様の家だ」


ポックルが俺たちの目の前に建っている家を指差し教えてくれた。たしかに族長の家というだけあって大きいが、見た感じは藁や葉っぱを建物全体に敷き詰めた雑な造りの高床式倉庫といった印象だ。


あれでは雨や雪が降ったら家の中に入ってきてしまうだろう。ライラの話ではこの町の獣人たちに家造りの知識や技術がないため、どうしてもあんな感じになってしまうそうだ。


人族より力のある獣人たち、獣人たちにはない知識や技術がある人族、2つの種族が協力すればこの村ももっと発展するのだろうが、種族の壁はいつまでも乗り越える事ができず今に至るのだろう。実に惜しい。


 俺たちは子供たちに先導してもらいながら高床式倉庫・・・・もとい、族長の家の階段を上り玄関の前に立った。


「ぞくちょーーー! オイラだ、ポックルだ! 客を連れて来たから入るぞ!!」


大きな声で家の中にいるであろう族長に呼びかけるポックルを見て、俺は呼び鈴のようなものはないのかと探すが、そんなものを作れるならこの家もこうはならないだろうと思い、すぐに探すのを止めた。呼び鈴が無いならせめてノックを、とも思ったが、族長と俺たちを隔てている玄関の扉は藁でできていたためノックなどしてもノック音が出ず気づけないだろう。


それどころか、強く叩こうものなら玄関が壊れてしまうかもしれない。それくらい獣人たちの家は酷い造りだった。


「入れ!」


扉の先から老人の声が聞こえてきた。ポックルはその声を聞くとバサッと両手で藁の扉を開けズカズカと室内に入って行くとそれに続きテトラやカイル、ミーアも入って行った。


俺もポックル達に続き入ろうとするが、靴を脱ぐべきかどうか迷い玄関先でまごまごしてしまう。ポックルやテトラたちは外でも室内でも裸足だったため、靴を脱ぐという事をしなかったのだ。昨夜うちに泊まる際、部屋に入れる前に雑巾で彼らの足を拭かせ、その後すぐにシャワー室で体を洗わせたのは言うまでもないだろう。


冒険者歴の長い(であろう)ライラもこの村の獣人の家には入った事がないのか、俺やニナと同じくまごまごしていた。いつまでも玄関先から来ない俺たちを不思議に思ったポックルが、「履物なんか履いたままでいいから早くこっち来いよ」と言ってくれたので俺たちはそのまま族長のいる部屋へと向かい歩き出した。


族長のいる部屋、などといっても、この家に他の部屋があるわけでもないのだが・・・・。



「客というから誰かと思えば、人族か。人族がワシに何の用じゃ?」


獣人たちの長であるこの男は、推定年齢70くらいで名前をアルマンというらしい。アルマンはガラス玉のようなものが付いた杖を持ち、顔には何やらよくわからない化粧(?)のようなものが塗られ、タイの僧侶なんかが着ているような法衣に身を包んでいた。


まぁ人と獣人は仲が悪いと聞いていたので予想はしていたが、ここまで露骨な態度をとられると頭ではわかっていても腹が立つ。族長のジイさんはあきらかに不機嫌そうな表情で葉っぱを潰したものを紙のようなもので巻き、口に銜え火をつけると煙草のように煙を吸い俺たちに向けて一気に煙を吹きかけた。


     ―――――会って数秒だが、もう帰りたい。


「本日伺ったのは族長殿に2つ、我々からの願いを聞いてもらうためだ」


    ――――2つ?


煙を吹きかけられ必死に怒りを堪えている俺には任せられないと思ったのか、ハァッと大きな溜め息を吐くとライラが口火を切った。それにしても2つとはどういうことだろうか、俺たちはここにニナの奴隷紋の除去を頼みに来ただけのはずなのだが・・・・。


「・・・・」


族長は煙草を銜えながら何も言わず、不躾に願いを聞けなどと言ってのけたライラを睨むように見ている。ニナは緊張しているのか、背筋を伸ばすと両膝に手を置き正座をして成り行きを見守っていた。


「一つはこのニナの胸にある奴隷紋の除去を頼みたい。できるだろうか?」


「・・・・」


族長はライラの頼みを聞くとプハァッと煙草の煙を吐き出す。


「可能じゃ! だが同胞ではない人族の貴様らからは金を貰うことになるぞ?」


「勿論だ。いくらだろうか?」


「解呪一回につき銀貨1枚だ!!」


銀貨1枚というのは日本円でいうところの一万円くらいだ。普通の奴隷商人や呪いの解呪などをやってくれる教会に頼めば相場は精々大銅貨1枚(千円)といったところらしいがこのジイさんは恥も外聞もなく10倍の値段で吹っ掛けて来やがった。


「うむ、仕方がない。それでかまわないのでやってもらえるだろうか?」


「ちっ・・・・」


ジイさんの条件を吞みジイさんの言い値で頼むことになったはずが、なぜかジイさんに舌打ちをされライラは意味がわからず不思議そうにしていた。だが、俺にはジイさんがなぜ舌打ちをしたのかわかった。このジイさんは銀貨1枚であっさり引き受けるならもっと吹っ掛ければよかったと思ったのだろう。


大学時代、コーヒーの師匠であるロクさんの店でアルバイトをしていた時も、何かとイチャモンをつけて飲食代を値切って来るこういう卑しい輩を見た事があった。そのため、俺はジイさんの舌打ちの理由がすぐにわかったのだ。


    ―――――こういう輩への対応は得意分野だ。


「ニナ、そしてライラさん。もういいので帰りましょう。こういう卑しい輩とは関わるべきではない」


「え?」


「な、なんじゃと!?」


ライラと族長が驚きの表情で俺を見る。否、折角のビジネスチャンスを潰されそうな族長は驚きと同時に怒りが混じったような表情だ。


「貴様、わかっておるのか!? この村で解呪ができるのはワシだけなのじゃぞ!?!? それをたかだか銀貨1枚でやってやろうというのじゃ、ありがたく思わんか!!」


「そ、そうだぞマスター殿。族長殿、頼む」


俺とは反対にへりくだった態度のライラを見て族長は勝ち誇った顔でライラに言う。


「貴様の連れのせいで気分を害したわい。銀貨1枚でやってやるつもりじゃったがワシへの謝罪も含め銀貨3枚じゃ!!」


     ―――――救いようのない強欲ジジイだ。


「う、うむ・・・・」


ライラは真面目すぎるのだ。きっとライラはニナのためと世間知らずの俺のために自分がしっかりしなくてはならないと気負っているのだろう。そこをこのジジイがつけ込んで来たのだ。俺はズカズカと族長が座っている部屋の上座へと歩き出す。


「なんじゃ!? なんじゃ!?!?」


族長は慌てて杖を構えるが、俺はそんな族長の耳元に顔を近づけ小声で話し始める。


「奴隷紋除去の値段は大銅貨1枚が相場だと伺っておりますが・・・・?」


「そうじゃ。じゃが貴様らは人族、そしてここにはワシ以外に奴隷紋を解呪できる呪術師はおらん。よって貴様らはワシの言い値を呑むしかないのじゃ」


族長のジジイはニヤニヤとイヤな笑いを浮かべながら小声で俺に言った。そんな俺とジジイのやりとりをポックルとニナは心配そうに見ている。ライラはというと、もう好きにしてくれといった感じで半ば諦めたように成り行きを見守っていた。


「族長さんよろしいですか? 私たちはエゼルバラルに戻って奴隷商に奴隷紋の除去を頼むことだってできます。そうなると族長さんに入るはずだった臨時収入はゼロになるのですよ?」


「!?」


嘘である。俺はいろいろあってエゼルバラルに戻る事ができないのだ。だが、このジイさんはそんな俺たちの事情など知っているはずもない。


「今、私たちと別れ私たちから取りっぱぐれてプラマイゼロになるか、それとも正規の値段で解呪を請け負い報酬を受け取るか、聡明な族長さんならどちらがお互いのためになるかおわかりでしょう?」


「ぐっ!!!」


どうやらこのジジイはこれまでもこの村を訪れた冒険者や商人、それに人区に住む村人からも法外な値段で呪いの解呪とやらを請け負っていたようだ。


人区に住む村人たちは緊急時でもない限りこのジジイに頼むことはなかったようだが、一日でも早くこのずっと先にある王都へと行きたい冒険者や商人たちからすれば、エゼルバラルに戻って呪いを解呪してくれるという教会に行くより、少しくらい高くてもここでこのジジイに頼んで先を急ぎたかったようだ。


冒険者も商人も王都に行けばいろいろな儲け話が転がっているものなのだとライラから聞いたことがある。詳しい事はわからないが、冒険者や商人が王都へと急ぐ理由はそういったところにあるのだろう。


それに味を占めたこのジジイが族長をやりながらこの阿漕な商売を始めたようだ。


「し、仕方がない。大銅貨1枚でやってやろう」


冒険者や商人たちからたくさんボッタクっただろうに、たとえ大銅貨1枚といえど目の前の儲け話を逃したくはないようで、ニナの奴隷紋の解呪はジジイにとっては格安の大銅貨1枚でやってくれた。正直、本当にエゼルバラルに戻ることになってたらどうしようかと俺は内心ドキドキしていたのだ。


「それで2つ目の頼み事とはなんじゃ? さっさと言え」


そうだった。俺はニナの奴隷紋を除去するだけのつもりだったのだが、ライラは何やら頼みごとがあると言っていた。


「うむ、では2つ目を言わせてもらおう。2つ目の頼み事とはポックル達をここにいる間だけ私に預けてもらいたいのだ」


昨夜、子供たちとライラがそんな約束をしていたことを俺は思い出した。子供たちは俺たちを族長の所へ案内する。そのかわり、ライラは子供たちに冒険者のやり方を教えるというものだったはずだ。


俺たちと族長が険悪な雰囲気になってしまい、半ばライラから冒険者を教えてもらうという約束を諦め俯いていたポックル達だったが、ライラから出た言葉を聞き、驚いて顔を上げた。


そんなこんなで、俺の役目は終わったようだ。


    ――――1日は始まったばかりなのに、なんかドッと疲れたな。


こんな日はさっさと店へ帰っていつもならエスプレッソを飲み一服するところだが、今は何となくチョコレート風味を加え、豊かな甘みとコクを楽しむカフェモカが飲みたい気分だった。

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