第8話 コブ付三行半男の怪しい店 ~ヴィエラの調査報告~

 私はヴィエラ、この町で男共の下の世話して金貰っている娼婦よ。だけどただの娼婦じゃないわ、客を取らせれば誰よりも客を取り、またルールを守れずここで働く娼婦たちに横暴な態度をとる輩には貴族だろうが容赦しない。そんな私は色町の顔であり用心棒でもあるの。たしかに娼館が立ち並ぶここ、通称『色町通り』は無法地帯となっているが最低限のルールは存在する。それを男共にきちんと守らせ娼婦たちが安全に働けて大金を稼がせるのが私の役目。


今日もルールを守れず勘違いし増長したバカ貴族の子せがれが獣人の娼婦に暴行したとかで私がぶちのめしてやったところよ。獣人への偏見や差別はなにもこのエゼルバラルだけではないが、ここ色町では人間でも獣人でも娼婦への蛮行は私が許さない。


そしてそんな私を娼婦たちは『荒れ地のバラ』と呼んでいる。


いつ誰がそう呼び始めたのかなんてわかりゃしないが、そう呼ばれるようになったのはいつも真っ赤なドレスを着て気位が高く客に媚びるどころか気に入らない客であれば貴族ですら相手にもしない私はこの荒れ地のように厳しい環境の色町で美しく咲くバラのようだかららしいが、そんなものは私にとってはどうでもいいことだわ。




 そんなある日、私たちが働く娼館のある色町通りに一軒の店が立った。


どうやらこの無法地帯には珍しい健全な食堂のようだが、そこの店主は子持ちのなよなよした男でおそらく女房に三行半を突き付けられガキを残して出ていかれてしまったのだろう。そんな三行半男は自分のガキを育てるためにこの町で店でも始めようと思ったのでしょうね。ここ色町がある場所を選んだのも女相手なら御しやすいとでも思ってのことだろうが余所者にデカい顔させるほど私は甘くないわ。


他の娼婦たちからも、「いきなり変な店ができて気味が悪い」という声が上がり私が実際に見てくることとなった。私は最初が肝心とばかりに指をポキポキ鳴らしながらガキと男がやっている店へと乗り込んだのだけれども店の中は見た事もない、おそらくは高価と思われる物で溢れていて私は息を吞んだ。


「いらっしゃいませ!!」


私に気づくと店主はカウンターの中から店の食器を拭きながら声をかけてきた。店主が拭いているコップや皿も私なんかが見ても明らかに高価なものだという事がわかる。また、店内は蝋燭も無いのに明るく音楽家もいないのに聴いた事もない音楽が流れていた。この明るさは光魔法か何かだろうと察しは付くが、音の方はわからなかった。


出どころを探すと店の端に置かれている私の身長くらいあろうかという大きさの置物から出ているようだった。


「御覧の通りまだ誰もお客さんはいませんのでお好きな席にどうぞ」


見慣れない物ばかりで内心慌てる私を見透かし優位に立ったかのように店主は笑顔でそう告げるが私としては望むところ。いかに店内が見知らぬ高価な物で溢れていようがこの男は女房に逃げられた憐れなコブ付三行半男であることに変わりはないのだ。


私はコブ付三行半男の目の前に座り臨戦態勢をとった。


「こちらが当店のメニューになります」


今にも飛び掛かりそうな私に店主は『めぬぅ』なるものを渡してきた。『めぬぅ』とはどうやらお品書きの事らしくこの店で客に提供している食べ物が書かれているようだったがどれもこれも見た事も聞いたこともない食べ物だった。


「この『めぬぅ』というのを見てもさっぱりわからないわ! 店主、アナタのオススメはなにかしら? それを貰う事にするわ」


「オススメですか・・・・。うちはなんでも美味しいですが、まぁご新規のお客様にはケーキとコーヒーのセットがいいかもしれませんね」


『ケーキとコーヒーのセット』・・・・やはり聞いた事もない食べ物だわ。


ケーキとコーヒーのセットというものがどんなものかわからず悩んでいると、私が座っているカウンターの席から3つ間隔開けカウンター席の端にちょこんと座って何やら夢中で食べている猫人族の子供がいることに気がついた。この子が食べているのがここで取り扱っている食べ物なのだろうと思い、私は猫人族の子供が食べている物が乗っている皿をそっと覗き込むと私の視線を感じたのか猫人族の子供がこちらに気づき目が合ってしまった。


「これは『がとぉしょこら』と言いますですよ。甘くて美味しくて甘くて甘いです」


覗き見していた私に猫人族の子が笑顔でそう教えてくれた。人間族である店主と違い子供の方は獣人だったので一瞬わからなかったが、この子が店主の子供だろう。ということは店主の別れた女房は獣人だったという事だ。


    ―――――人間族で獣人に偏見がないのは珍しいが悪くはないわね。


正直言うとガキは我儘で理屈に合わないことばかりするから好きじゃなかったのだけれどこの猫人族の子はイイ子そうだわ。


「ねぇアナタ、アナタはお父さんが作るものでは何が一番好き?」


「?」


猫人族の子は首を傾げ私の質問の意味がわからないといった感じだった。そんな難しい事は聞いてないはずだが・・・・。

だがすぐにその謎は解けた。


「私お父さんいないよです」


「え・・・・? だってこの三行半男がお父さんじゃ・・・・」


つい口が滑ってしまい三行半男本人がいる前で言ってしまった。だが三行半男は私がつけた嫌な渾名を怒るどころか笑って一蹴するとこの猫人族の子供と自分の関係を説明してくれた。


「ははは、私はまだ独身でこの子は山で出会った縁でうちの店で従業員として働いてもらいながら冒険者をやっているニナですよ」


店主からそう紹介されるとニナはパンパンに膨れはち切れそうになるくらい口の中に詰め込んだ『がとぉしょこら』をモグモグと嚙み砕くと急いで飲み込み椅子から立ち上がった。


「ニナです。よろしくお願いするますです」



おかしな言葉だがニナはイイ子のようだ。それに将来はきっと美人になるだろう、その時は色町通りの娼館からお誘いが来るに違いない。そういえば冒険者もやっていると言っていたがニナが座っているカウンター席の横に置いてある木の棒がこの子の武器なのだろうか?


    ―――――だとしたら少し心配だ。


「えぇ、こちらこそよろしくニナ。これは私からニナへお近づきの印よ」


そう言って私は懐に隠していたダガーナイフをニナに渡した。ニナはダガーナイフを見て最初ビックリして私に慌てて返そうとしたが「木の棒なんかじゃゴブリンにも勝てないわよ」と言うと真剣な顔になり「ありがとうますです」と変な言葉で私に礼を言いダガーナイフを受け取った。


私からすれば将来美人になって引く手数多となるニナへの先行投資のつもりだった。子供冒険者が町の外で思わぬ敵と出会い死んでしまうなんてことは珍しいことではないのだから。


「じゃあ店主さん、私もニナと同じ『がとぉしょこら』ってのを貰えるかしら? あ、あとコーヒーってのもお願いね」


「かしこまりました。初めてのお客様にコーヒーは少しハードルが高いのでミルクや砂糖をお好みでお使いください」


「砂糖? 砂糖ですって!? そんな高価なものがこの店にあるっていうの!?」


私が驚いてテーブルをバンッと叩き立ち上がると店主もニナも驚いて私を見ていた。私が驚くのも仕方ないのだ。砂糖なんてものは貴族か王族しか食せないのだから。


「はい、こちらが砂糖でございます」


そう言うと店主は掌に乗るくらいの入れ物に入った砂糖を出し私に渡した。サラサラとした白い砂糖が入った入れ物には小さいスプーンが添えられている。きっとこれを使ってコーヒーという飲み物に砂糖を入れるのだろう。


「こんな高価な物使えるほど私今お金持って来てないわよ!?」


初めて見る砂糖に慌てる私を店主はニッコリと微笑み落ち着くようにと宥めた。


「ご安心ください、砂糖とミルクはサービス・・・・つまりタダでございます」


「ありえないわ!! アナタ、本当に何が目的なの!?」


「いやいや・・・・まいったな・・・・」


   ・

   ・

   ・

   ・

   ・


 と、まぁこの後はいつまでも疑う私がこの店主に説得されるまでそれから数十分かかったのだけれど、その時のやりとりに関してはここでは省かせてもらうわ。とにかく、この店は普通の、、、、とは言えないけど害のないただの食堂よ!! 以上が私からの報告。その他にも気になることがあるのなら自分達で調べなさい、私はこれからちょっとあの店に用があるから調査報告はこれで終わりにするわね。


いきなりできた店を気味悪がっていた娼婦たちが集まる娼館では店を調査に行ったヴィエラからの報告書を娼婦たちが読んでいた。ヴィエラの報告書を読んだ娼婦たちは色めき立つ。


「砂糖をタダで提供するなんて貴族がやってる店なのかしら?」


「私は『がとぉしょこら』ってのが気になるわ!!」


「砂糖を入れたコーヒーという飲み物・・・・さぞ甘美なものなのでしょうね」


集まった娼婦たちは互いにああでもないこうでもないとヴィエラが行った店の話題に花を咲く。気味が悪いだの怪しいだのと言っていたことなど信じられないくらいに娼婦たちの喫茶店への興味は上がっていた。


「わ、私、行ってみようかしら・・・・」


「私も!」


「あ、ズルい。私も行くわよ!!」


娼館に集まっていた娼婦たちは我先にと娼館を出ると目の前に立っている喫茶店へと駆け寄り『営業中』と書かれた札がかけられている扉をノックし中へと入る。意を決して店内へと入った娼婦たちの目にはガトーショコラを夢中で頬張っているヴィエラの姿が写っていた。

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