第6話 商業ギルド

 砂塵の町エゼルバラル、この町ではどうやら❛ ルーン ❜と呼ばれる石が人の生活を支えているようだ。たとえば、喉が渇いた時などに飲む水は水のルーンに魔力を送ると出てくる。また寒い日に暖をとる時や料理に使う火が必要な時などは火のルーンを使い火を起こすといった感じで町や村などには地・水・火・風の四つのルーンが設置されている。


俺もルーンというものがどんなものなのかと興味がわき水のルーンを実際使ってみる事にした。使い方は実に簡単で水のルーンに手を乗せるだけでよく、あとは勝手にルーンが人の体内にある魔力というものを吸収し水を出してくれた。人から吸収される魔力も微量のようで人体に害はないのだとか。


魔力なんて言葉は漫画やゲームでしか聞いたことがなく、そもそも日本に魔法なんてものが存在してなかったのでどうなるものかと思ったが、どうやらこの世界では異端の俺でも無事ルーンは発動したようだった。


この世界の人間ではないこともあり俺が恐る恐る「魔力がないかもしれない」とライラに言うと、魔力量というものに個人差はあれど魔力が無いなどという事はありえないと言っていた。人も魔族も魔物でさえも魔力はあるらしく、もし本当に魔力がないのであればそれは家畜と同じだとライラは笑っていたが俺としては全然笑えなかった。


「ルーンはそのくらいにして商業ギルドに行くぞマスター殿」


「商業ギルド? 冒険者ギルドではないのですか?」


「何を言っているのだ。マスター殿は甘味処を開くのであろう? だったら冒険者ギルドに行ってどうするというのだ!? まずは商業ギルドへ行かねばなるまいよ」


「なるほど、そういうものなのですか! ・・・・って、甘味処ではなく喫茶店、なんならコーヒー専門店です!!」


「私はこおひぃなどいう泥水より甘味専門の店の方が流行ると思うのだがな・・・・」


「まぁ、上手くいかなかったら検討してみます。それで、商業ギルドというのはどこにあって何なのでしょう?」


こちらの世界に来たばかりで右も左もわからない俺がライラに質問するとライラは訝し気に俺を見ていた。


「本当にマスター殿はどこから来たのだ? ルーンも知らなければギルドについても疎いうえに子供の冒険者パーティでも討伐できるようなゴブリン相手に死にかけるわでこの先マスター殿が生きていけるのか私は友人として心配になってしまうよ」


どうやらライラは俺を訝しんでいたわけではなく心配してくれていたようだ。というかゴブリンってのは子供でも討伐できるというのが少しショックだった。あれだけ苦戦して殺されかけたゴブリンが実は子供以下の戦闘力だったということは、つまり俺はこの世界では常識も知らないうえ自分の身も守れない子供以下の存在ということになる。


だが、そんな俺をこの金髪美人のライラが友人と言ってくれたのは少し嬉しかった。


「まぁ商人は護衛を雇ったりするのが普通だからそう気を落とすこともないぞマスター殿。依頼さえしてもらえばマスター殿はこの私が友人価格で護衛してやることもやぶさかではないからな」


「はぁ、ありがとうございます。」


「ますたぁはニナが守るますですよ。ニナもライラちゃんと一緒に今から冒険者ギルドへ行って冒険者になりますです」


ニナが手に持った木の棒を掲げ勇ましく俺とライラに宣言する。というか、俺が護身用にと適当に拾った木の棒はいつの間にかニナの物となっていた。まぁ、俺がもっていてもしょうがないしニナが気に入って使ってくれているなら問題ないだろう。


「ふむ、ニナはまずギルドで初級冒険者講習を受けながら簡単な依頼をこなすところから始めるのがいいだろう。初級冒険者講習は読み書き計算といった初歩的な教養や冒険者の基本を教えてくれるので子供冒険者たちには重宝されているのだ」


それを聞いて俺はハッとした。考えてみれば自分はこの世界の文字を書けないし読めないのではないかと。だが使用言語が違うはずのライラやニナとは普通に話ができている事を考えると案外この世界の使用言語は日本語だったりするのかも、などと俺の頭の中では大得意な都合のいい解釈が始まるがどうやらそうは問屋が卸さないようだ。


町の中で営業している店の看板にはミミズがのた打ち回ったような字で何かが書かれていた。世界の言語に詳しいわけではないが、なんとなくアラビア語のような文字に俺には見えた。俺はじっと店の看板を見つめてみるが、いつまでたっても文字が読めるようになることはなかった。


「あのぉ・・・・」


「ん? どうしたマスター殿?」


俺は会話をしているニナとライラの間に恐る恐る手を挙げながら割って入る。


「俺もどうやら文字が読めないっぽいんですが・・・・」


「そうか、ではマスター殿もニナと共に冒険者ギルドで講習を受けるといいだろう。なんならついでに冒険者登録をしてみてもいいのではないか?」


「え?」


俺が字を読めないことを知ればさすがのライラも呆れると思ったのだが、どうやらそうはならなかったようだ。そしてその理由もすぐにわかった。


この世界では庶民の識字率の割合は30%未満くらいらしく大人でも読み書きができない人は多いようだ。俺と同じく店をやっている人ですら文字が書けず看板なんかを作る際は文字が書ける人に代筆を頼むこともあるのだとか。


「ますたぁも私と一緒に冒険者ギルドに通いますですか?」


「あぁ、そうなるだろうな・・・・。とりあえず読み書きができるまでは通わせてもらう事にしようと思っているよ」


「ますたぁと一緒なら私すぐに文字を覚えられそうな気がするです。よろしくお願いするですよ、ますたぁ!」


「あぁ、こちらこそよろしく」


こうして俺は冒険者ギルドで読み書きを教わる事を決め、まずは店を出す許可と何よりも身分証を発行してもらうべく商業ギルドへと向かうことにした。


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 商業ギルドは町の西側、少し高台となっている所に町を見下ろすような形で建てられていた。商業ギルドの建物は大きくかなり立派ではあったが俺のような庶民が入るには少し敷居が高く感じられた。


「おや、どうかされましたかな?」


商業ギルドの建物の前で手をこまねいていた俺を見かねたのか恰幅のいい口髭を生やした気の良さそうな男が背後から話しかけて来た。男はショルダーバッグのような鞄を肩にかけニッコリと笑っている。


「あぁいや、出店の許可を貰うため商業ギルドに来たのですが、思っていた以上に建物が立派だったので気後れしてしまいまして・・・・」


そんな小市民丸出しの俺の言葉を聞いて男は「ハハハ」と笑うと2~3歩歩き商業ギルドの正面玄関の前に立った。


「では私と一緒に入りましょう。 私もちょうど商業ギルドに用があったので」


「いや、これは・・・・なんというか、お恥ずかしいかぎりで」


俺は顔を赤らめて男に頭を下げるが、男は気にするなとでも言いたげに俺の前に立ち先導しギルドの中へと入って行った。


 ギルドの中は意外にも大勢の人で活気に満ちていた。意外だと感じたのは、俺の勝手な想像でギルドは日本の市役所のようなものだろうと思ったからだ。そんな俺の想像とは裏腹に、何やらカウンターで箱に入った商品と思われる物を手に取りギルド職員と話し込んでいる者たち、休憩所のような所に集まって難しい顔で話し合いをしている者たち、商人同士でなにやら取引をしている者たちといろいろだった。


「なんかイメージと違いますね。なんとなくですが、お役所仕事みたいに淡々と仕事をしているところなのかと」


「いつもならここまでではないですが普段もそれなりに賑わってますよ。最近は町の祭りが近いこともあって更に活気付いてはいますが」


「祭りですか?」


「はい、毎年この時期になると精霊様へ祈りを捧げ町の平和をお願いする祭りをやってましてな。商人たちは皆、その祭りに出店するための話し合いをしているのです」


「なるほど・・・・」


この男の言う精霊とは神のようなものなのだろう。この世界の人たちはその精霊というものへの信仰心が厚いようで町の中にも精霊を祀った建物があるとライラが言っていた。


「皆さん精霊への信仰心が厚いんですね」


「まぁ普段から精霊様にはお世話になってますからな。精霊様は我々の生活に欠かせない存在ですし」


普段から世話になっているとはどういうことだろうかと疑問に思ったが、ここで下手に質問して怪しまれるのも面倒だったので俺はうんうんと首肯し知ったかぶりな態度をした。


わからない事があれば後ほどライラにでも聞けばいいだろう。彼女ならこの世界について無知蒙昧な俺にも寛容に対応してくれるはずだ。


「では私はこれで。あ、ちなみに出店と営業の許可申請はアチラの3番カウンターでやっております。あなたのご多幸をお祈りしてますぞ」


そう言うと恰幅のいい商人はギルドの職員たちがいるカウンターの中へと入って行ってしまった。どうやら彼はこのギルドの職員だったようでカウンターの奥にある事務所で何やら書類に目を通し慌ただしく仕事を始めたようだった。そういえば、彼の名前すら聞けていなかったなと今更ながら気づく。


   ―――――さて、ではさっさと用を済ませるか。


俺は職員の男に教えてもらった3番カウンターへと行き身分証の発行と出店と営業の許可を取る手続きを始める。俺を担当したのは20代前半くらいで丸眼鏡をかけ黒髪を後ろで束ねた、いかにも仕事ができそうな感じの女性だった。この世界の文字が読めないことを正直に彼女に伝えると手続きに必要な書類を読んでくれて必要事項へのサインの代筆などもやってくれた。


「以上で手続きは完了となります。お疲れさまでした」


「ありがとうございました」


俺は担当職員に礼を言うと早足に商業ギルドを出て外で大きく深呼吸をした。人が多く密集している所は元の世界にいた時に通勤のため乗っていた満員電車を思い出すので苦手なのだ。再度、外から商業ギルドの建物を見てみてもかなり大きいのだが、これだけ大きい建物にもかかわらず中はかなりの人で賑わっていて少し息苦しさを感じたくらいだ。


    ―――――まぁ兎に角これでやっと念願の喫茶店がやれる。


そう思うと俺は少し感動したが、すぐにここが今までの常識が通じない異世界であることを思い出し上手くやっていけるのかと不安になった。俺は剣も魔法も使えなければ子供でも討伐できるというゴブリンに殺されそうになるくらいだから冒険者などにはなれないだろう。


それ以外にもこの世界の文字が書けなかったり読めなかったり常識がわからなかったりで自分の店が潰れてしまったら再就職なんて絶望的だ。俺がこの世界で生きていくには何としても自分の店を成功させなければならないのだ。


俺は少し気が重くなったが、進むべき道が決まりそれ以上に覚悟が決まったような気がした。

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