第5話 砂塵の町の門番と戦神ライラ
俺たちは仕事を終えて町に戻るというライラに同行させてもらう事になった。彼女も美味いものを食べさせてもらったお礼だと言って俺とニナが同行することを快諾してくれた。
本来であればライラのような高ランク冒険者に警護の依頼をするとかなりの額が必要となるらしいが、ライラはケーキを甚く気に入ったようで警護のお礼なら町に帰ってからまたこの店の甘味を食べさせてくれればいいと言ってくれた。まぁこっちに来たばかりの俺はこの世界の金など一銭ももっていないので謝礼はケーキでいいと言ってくれるのはありがたいのだが、うちはあくまで珈琲がメインの店であって決して甘味処ではないのだ。
店を出る時にニナがライラと俺の荷物を持つと言ったが何かあった時に逃げ遅れてケガでもしたら大変だと思い俺がライラの分の荷物を持つことにした。ライラには俺とニナを守ってもらうためにもできるだけ身軽に動けた方がいいと思い、俺は荷物役を買って出た。
いつの間にはニナの手にはさっきゴブリンの群れに襲われた時に俺が使っていた木の棒が握られており、「ますたぁは私が守るからねです」と、相変わらずの変な敬語で俺に言うと勇ましくブンブンと木の棒を振りながら辺りをキョロキョロと見回し警戒しながら俺の前を歩いていた。
「ほう、ニナは筋がいいな。ちゃんと剣を学べば強くなれるかもしれないぞ」
ライラが棒を振り回しながら勇んで歩くニナを見て言うとニナは嬉しそうにライラの方を振り返ってブンブン振り回していた木の棒を更に勢いよくブンブンと振ってみせた。
「よかったな、ニナ。いつか強くなったらうちの店で用心棒でもやって俺と店を守ってくれよ」
やる気になっている子供を喜ばせるために言った言葉だったが、こんな小さい子に守ってくれなどと言った自分がちょっと情けなく感じた。
「うん、ますたぁは私がまもるからです。今度ごぶりんさんが出て来たらニナが追っ払ってあげますですよ」
「頼もしいな。その時は私とパーティを組んで冒険に行こう」
「うん行きたい!! 冒険者になっていっぱいお金稼いでいろんな所に行きたい!!・・・・・あ、行きたいです」
そんなニナを見てライラはニナの頭をポンポンと優しく撫でた。
それにしても改めてとんでもない世界に来てしまったものだと俺は肩にかけて持っているライラの荷物袋を見ながら思った。彼女の荷物袋からは切り取った魔物たちの体の一部である素材に付着していた血が染み出て赤く染まっていたのだ。
―――――グロテスクなのは勘弁してくれ。
店でライラに見せてもらった袋の中身を思い出し俺は軽い吐き気がした。と同時にこんな自分では冒険者どころか普通にこの世界で生活していくだけでも大変なのではないかと思い、この先の事を考えると気が滅入った。
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それからどれくらい歩いただろう。冒険者であるライラが拠点としている町が見えて来た。ここまで来るのに何度か魔物に襲われたがライラの剣士としての腕は凄まじく、あっという間に魔物を倒すと手際よく魔物を解体し町のギルドで売るための素材を回収していた。
どんな魔物にも「魔核」という、人間でいうところの心臓に当たる部分があり大物ほど高価な魔核を持っているのだそうだ。ただ、ゴブリンやコボルトといった雑魚魔物でも稀に高価な魔核を持っている事もあるためどんな魔物でも討伐したら必ず素材と魔核は回収するのが冒険者の基本なのだとか。
「私にもカイタイのやりかた教えてよです。私も2人の役に立てるってところをショーメイするですよ」
「うむ、良い心がけだ。ではやってみるか!」
「うん!!!」
「最初はゆっくりでいい、丁寧に素材を取ることだけを考えるのだ」
「わ、わかった・・・・です」
こうして魔物に襲われる度にライラが倒しニナが解体するという流れができあがり、ニナが慣れない魔物の解体で時間がかかってしまい町に到着するのが予定よりだいぶ遅くなった。それでも俺もニナも、そしてもちろんライラも無事に町へと辿り着けたのだから問題ないだろう。
町は四方を大きな石の壁で囲まれており、入口には鎧を着て手に槍を持っている見るからに強そうな男たちが2人立っていた。男たちはどうやらこの町の警備兵というものらしく町に不審な輩が入り込まないように入口でチェックしているのだとニナが教えてくれた。
魔物なんてものが蔓延っている世界だ、不審な奴なんてのもうじゃうじゃいるのだろう。日本にいたときはそこまでセキュリティなんてものを気にしたことはなかったがこの世界で商売をするならその辺もしっかりしなくてはならないなと思い俺は溜め息を吐いた。
―――――まったく迷惑な奴らってのはどこにでもいるもんだな。
「次の者!!」
それは入場審査を受ける人たちの列に並んでいた俺たちを呼ぶ声だった。ライラは堂々と屈強な2人の兵士に向かい合うと自分の名前と何やらカードのようなものを見せていた。
「・・・・こ、これは失礼しました。どうぞお通りください」
さっきまで偉そうにしていた2人に突然緊張が走る。もしかしたらライラは実は国のエラい人か何かで水戸黄門のようにお忍びで旅を、いや冒険者をやっているのかもしれないなどと俺は考えていた。それほどまでに2人の兵士の態度はあからさまに変わったのだ。
「つ、次!」
俺の番になると兵士の一人が「ん」と言って手を差し出してきた。俺はそれを握手を求めているのだと思い兵士の手を右手で握り握手をした。
「違う! 身分証を見せろと言っているのだ!!」
―――――言ってはいないだろ!!
俺は声に出さずツッコミを入れる。だが困ったことに身分証などというものは持っていない。俺は兵士に金も身分証も持っておらず今まで山の中にいたことを話した。
「怪しい奴め! さては貴様、町でよからぬことをするつもりだったな!?」
どうやら俺はこの世界で魔物同様に警戒しなければならないと思っていた『 どこにでもいる迷惑な不審者 』というものに自分がなってしまったようだ。俺はどうしたもんかと思いその場でまごまごしていると、一人の兵士が俺の手の甲にスタンプのようなものを押し3日間の滞在を許可してくれた。
その間にギルドで身分証を発行しここまで見せに来ることを条件に一時的な滞在を認めてくれたのだ。この門番、厳つい顔をしてはいるが案外いい奴なのかもしれない。
「次!! そこの獣人のガキ、さっさと来い!!!」
俺の審査が終わり次にニナが呼ばれた。さっきまでいい奴かもしれないと思い俺の中で評価が上がっていた兵士Aの評価が一気に下落したのは言うまでもない。子供相手にいびる奴は日本にもいたがそういう奴は俺が知る限りでは全員ロクなもんじゃなかった。
「は、はい! ニナだよです。奴隷やってるです。ご主人様はギョーショーの途中で魔物に襲われて死んじゃったです」
ニナは初めて俺と会った時のように緊張し震えていた。いや、俺の時より酷い。俺と初めて会った時はここまで怖がってはいなかったはずだ。
「なぁにぃ? 貴様、奴隷の分際で主人を置いて逃げて来たのか!? いや、貴様さては主人を自分の身代わりにしたな!?」
「してないよ・・・・です。私はご主人様を身代わりになんてしてない!! ・・・・です」
「貴様!! 獣人の、それも奴隷の分際で言葉もまともに話せんのか!? 来い! 貴様は牢に入れじっくり取り調べを行うことにする!!」
そういうと兵士の男はニナの耳をおもいっきり掴むと引きずるように門の横にある兵士詰所へと連れて行こうとした。どうやらこの町で獣人という種族は迫害されているのかもしれない。詳しい事はわからないしわかりたくもないが、このままではニナが危ない。
「ちょっと待ってください!」
俺はニナを引きずって詰所に入ろうとしていた兵士の前に立つ。ニナの耳を掴んでいる兵士の男が俺を睨みつけたが俺は目を合わせることはしなかった。目を合わせたら足が竦んでしまいそうだったのと目を合わせたら最後、そのまま持っている槍で突き殺されそうだったから・・・・。
俺はあくまで喫茶店の店主であってバトル漫画の主人公ではない。そもそもゴブリンにボコられるような俺がこんな奴に勝てるわけがないだろう。
「なんだ貴様は!?」
兵士を呼び止めたはいいが何も考えず呼び止めてしまったため俺は言葉に詰まる。何か言葉を返さないとまずいと思い必死で考えるが何をどう言うのが正解なのかわからず沈黙を続ける。
「はっ、怖くて言葉も出んのか? 貴様は見逃してやるからさっさとどこへでも消えろ」
そういうと兵士はニナの耳を掴んだまま詰所に入っていった。
「ちょっと待てこの野郎!!」
「あぁ!?」
何か言わなければと思い必死に考えた結果、口から出た言葉がこれだった。あからさまに喧嘩を売ってしまった俺はもうどうとでもなれという思いで思った事を全てぶちまける。
「お前こんな小さな子相手に恥ずかしくねぇのか!? それとも少女趣味のロリコン野郎かよ!? 自分より強い相手にはこれでもかってくらいビビリ散らかしていたくせに子供には強気とはご立派な警備様だな!! そんなご立派な方に守ってもらってればさぞこの町の人たちも安心だろうよ!!」
俺はいつの間にか兵士に詰め寄って怒鳴り散らしていた事に気づきハッと我に返り兵士から距離をとる。俺に詰め寄られ怒鳴られ罵倒された兵士の顔がだんだんと赤くなり、最終的には怒りの形相とともに真っ赤になった。
「き、き、き、、、貴様! 誰に向かって言っている!?」
間髪入れずもう1人の兵士と共に持っている槍で俺に襲いかかって来たため俺はギュッと目を閉じ観念する。 だが、いつまでたっても槍は俺に刺さることはなかった。目を開けると俺の目には兵士たちが放った2本の槍を両手で受け止めているライラの背中があったのだ。
「2人ともケガはないか? 町の中で2人を待っていたのだがいつまでたっても来なかったので様子を見に来たのだ」
「ライラちゃん!!」
頭に付いている耳を力いっぱい捕まれ痛かったのか、それとも兵士が怖かったのか、あるいは両方か、目に涙を溜めていたニナがライラの姿に安堵する。というか、ニナはいつの間にかライラの事を「ライラちゃん」と呼ぶようになっていた。
「なぜ戦神がこんな奴らをかばうのですか!?」
(センシン???)
兵士の一人がライラを見てセンシンと言ったが、この時の俺はセンシンというのは何かの役職か何かだろうと思っていた。だが、後で聞いた話ではどうやら戦神というのはライラの二つ名というやつらしい。
「彼らは私の友人だ。この犬人族のニナに関しても私が責任を持とうではないか。だから通してやってくれないだろうか?」
「は、はぁ・・・・まぁ、戦神がそう言うのであれば・・・・。ではこっちの獣人のガキは?」
「あぁ、彼女は私の弟子だ。いずれ我が剣の後継者にと考えている
「「 な、なんと!? 」」
いつの間にニナはライラの弟子になったのだろう。だがこのままでは主人がいなくなったニナは孤児となってしまい路上生活を余儀なくされるとライラは言っていた。そんなニナを心配してライラはニナを弟子にすることを決めたのだろう。店を出て山を下っている時、俺はニナが町に着いたらどうするのか心配だったのだがライラと一緒なら問題ないだろう。
こうしてライラの計らいでニナも無事町の中へ入ることができた。町の中はあれだけ高い壁が町を囲っているにも関わらず風が吹きつけており砂が舞っていた。町の人たちも俺やライラのような人間が多いように見えたが犬のような獣人やニナのような猫の獣人なんかもいていろいろな種族が共存しているようだった。
キョロキョロと上京して来たばかりのおのぼりさんのように町の中を見回している俺を「「 ようこそ、砂塵の町エゼルバラルへ!! 」」と言ってライラとニナは歓迎してくれた。
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