ごはんのはなしたち

キノ猫

たこ焼きと明石焼き

「おなかすいた」

 空腹。それは何もかもを奪っていく。やる気も、気力も、生気も。

 電車の窓に映る外をぼんやりと眺めながら呟いた。

「乗り換えしたらすぐ大阪駅やから頑張って」

 隣に座っている彼はあやすように優しい声で言う。

「外のさ、電気、米粒みたい……。ゲーミング米粒じゃん……」

「空腹でおかしくなってるんよ」

 彼は隣で簡単につまめるお菓子持ってきたらよかったと後悔していた。

 ゲーミング米粒を潰そうとする私の肩を、彼は叩いて携帯を見せた。

「ほら、ここのたこ焼き、食べにいくんでしょ?」


 迷路のような駅地下を彼は手を引いて、目的地に連れて行ってくれた。

 ……が。

「……満席?」

「みたいだね」

 彼は考え込んだ後、何か思い出したらしく、私の腕を引っ張った。

「ちょっと遠くなるけど、やっぱりたこ焼き食べたくない?」

「うん!」

 彼は私の手を引いて、颯爽と歩く。

 私だったら絶対に迷子になってるやつだ。

「ここも調べてたんだよね〜」

 着いたのはディープな雰囲気を漂わせる地下街のお店。

「人も少ないみたいだし、入ろっか」

 室内は外の雰囲気とは打って変わって、田舎みたいな安心感があった。

 客層も大人が多く、ファミレスみたいなガヤガヤした雰囲気ではない。

「何にする? 明石焼きもあるみたいやよ」

 明石焼きとたこ焼き、そしてたこ焼きグラタンと明石焼きうどん。

「たこ焼きグラタンも気になるけど、明石焼き」

「いいね、じゃあ俺はたこ焼きにしよっと。少しあげるから食べさせて?」

 私はコクコクと頷いた。


 最近のゲームとか、目の前のカフェとかそんな話をしていたら、店員さんがお盆をもってやってきた。

「お待たせしましたー。明石焼きと、たこ焼きですー」

 手際良く並べられていく食事。

 赤いあげ板に並べられている黄色い明石焼き。

 出汁も湯気が立っていて、ふわりといい匂いが鼻腔をくすぐった。

 我慢できずにいただきますと呟き、明石焼きを出汁に浸す。

 出汁の中で割って食べるのが明石焼き。これは鉄則。

 半分にした明石焼きを口に含んだ。

 口いっぱいに広がる芳醇な出汁香りの奥、甘い卵の味はちゃんとそこにいた。

 口の中がなくなった時、ほぅ、とため息が出た。

「ねえねえ、こっちも美味しいから食べてみてよ!」

 彼は隣でワクワクした顔をしている。

 残りを食べて、私は頷いた。

 たこ焼きと明石焼きを交換した。

 彼はたこ焼きにソースをかけたみたいだ。

 空腹が満たされ始め、元気になった私はたこ焼きと彼を交互に見た。

「君はソース派なのかね? 出汁も悪くないが、どうなのかね?」

「ご飯チャージしてめっちゃ元気やん」

 あははと笑った後に彼は「そうやで、俺はソース派や」

「お? 戦争か? お?」

「まあまあ、ソースのたこ焼きも食べてみなされ」

「俺も食べよー」とたこ焼き用であろう新しい出汁に明石焼きをつけた。

「もしかして俺に気を遣ってくれたん?」

 彼はおそらく、私の出汁に明石焼きのかけらが浮いていることに気がついたみたいだ。

「明石焼きを食べる時のマナーみたいなもん」

 知らんけど、と続けてソースのたこ焼きを口に含んだ。

 明石焼きとはまた違う美味しさがそこにあった。

 ソースの香ばしさが襲ってきた後に、食べ応えのあるタコが顔を出す。粉物特有のトロトロ感に加え、タコのコリコリのコントラストが箸を進める。

 これがたまらないんだよなあと、もう一つ、口に放り込んで味わう。

「んまっ」

 明石焼きを食べたらしい彼は輝く目で私を見た。

「出汁は天才ってわかってしまったか」

 今回は食べなかったが、たこ焼きと出汁の邂逅も素晴らしい。

「明石焼き、前食べたのより美味しいんだけど!」

「わかる!!」

「出汁もいける!」

 出汁をずず、と飲み始めた彼。

(確かに勿体無いけど、面白すぎるって)

「こっちのたこ焼きも美味しいね」

「そうなんよ、明石焼きと違った美味しさがある」

 ソース出汁戦争で和解した私たちは、それぞれ食事に戻る。

 私も再び明石焼きを堪能した。


 出汁を飲み干した後、ご馳走様と手を合わせた。

「今回大当たりやな、次も来よう」

「もちろん! 次はたこ焼きを出汁でも食べよう」

「いや、そこはたこ焼きグラタンやろ」

「それも気になる!」

 顔を合わせて笑った。そして手を繋いで駅に向かった。

 食は心も体も満たしてくれる。

 私は彼の手をぶんぶん振った。

「来週は美味しい洋食行こ!」

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