第5話 酔えよ女神、歩めよ迷い人

「うーん…」

「ちょ、呑み過ぎですって」

「へへ?何言ってるのよぉ〜」

「いやまずいまずい」

「デザート食べにいくわよぉ〜」


 後半からやけに酒のペースが早くなったからか、河嶋さんの酔いは最高潮だった。店を出てからも俺にもたれかかったまま、足取りは覚束ない。


「みしま〜」

「はいはい帰りますよ」

「いやー、のもうー」

「本当、まずいですって」

「おいしいわよー」

「そうじゃ」


 言葉なんか続かなかった。肩越しに見えた河嶋さんの、酔いが回って蕩けた顔が見えたのだから。

 普段背筋を正している秀才の彼女とは真逆の、一人の女性としての河嶋さんがいる。

 スタイルの良い彼女の胸は体に押し潰されているし、漏れる吐息は生温かった。


「…っ、!!!」


 フニャリと笑った河嶋さんと目があった時、頭が爆発しそうになる。酔いとは別の熱が、全身を駆け巡って思考を剥ぎ取っていた。


「う、上田さん。あの、あ、あ」

「フフ、ハハ」

「あの、いえあの」

「わかっていますよ。家はこっちです」



 スタスタと歩く上田さんの隣を歩きながら、俺は何度か河嶋さんの身体を支える。


「酔ってないんですか?」

「あー、どうでしょう?酔っていますよ」

「強いんですね…」

「そう、ですかね」

「知らないもんだなぁ。初めて呑んだから当たり前ですけど」

「呑む機会、今まで無かったですから」

「社員と派遣ですから、当たり前ですよ」

「関係ないと思います」

「ん?」

「関係ないですよ、社員とか派遣とか。呑みたい人と呑むほうが楽しいです」


 少しだけ上田さんの口調が強かった。俺は彼女の横顔に視線を向けていた。


「上田さん?」

「馬鹿みたいですよ。そんな立場で関係を分けるなんて」

「まぁ、色々とね。ありますから」

「私は、先輩以外だったら三嶋さんと呑みたかったです」

「へぇ、ほんとですか?嬉しいですね」

「楽しかったです。三嶋さんは?」

「そりゃ楽しいですよ」

「良かった」


 ああ、こっちもこっちでダメだ。歳下の上司である彼女は、いつもと同じ満面の笑みではある。だがアルコールによって強さを増したフェロモンが、否が応でも俺を刺激してきた。

 彼女の癖である首を小さく傾ける仕草で見つめられた俺は、生唾を飲み込んでしまう。


「…いきましょう」


 立ち尽くしていた俺は、上田さんに促されるがまま、夜道を歩いた。




「ここです」

「ん?上田さんのアパートでは?」

「私達ルームシェアしているんですよ」

「あっ、そうでしたか。そんなに仲良く」


 辿り着いたアパートのドアに鍵を差し込んだ上田さんは、ドアノブを握りしめたまま俺に背中を向ける。


「あの」

「はい」

「一つ言いたくて」

「はい…」

「私も先輩も、送別会はした事ないですよ」

「えっ…」

「私達をエコ贔屓としか見ていない人達を、どうして祝う必要があるんです?食事だって、必要なかったら一緒に取りません」


 彼女が何を言いたいのか。どうしてだか、酔っているのに俺には理解できてしまう。


「あの、上田さん」

「もう遅いですね。男の人でも、夜道は危ないですよ」

「あの、そのあの意味を」

「…酔ってはいません。私は本気です」

「……」


 背中を向けたままの上田サンが、今はドウニモならない。


「…三嶋くん…」

「…河嶋、サン」

「…いいの…」


 それまでもたれたままだったカワシマさんが、俺の事を肩越しに。


「いいのよ、君なら」


 ああダメだ。オレはカワシマさんを支えて、送りトドケルー


「三嶋サン」


 オレはウエダサンのテをとった、そして二人とイッショに。

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