第3話 送別会
「緊張しているの?」
「えっ?それはしてますよ」
「ラフな店だと思うんだけど」
「いや、女の人と呑むのは初めてで」
「ああ、そういう」
指定された時間で集合し、向かった先は小綺麗な中華料理店だった。二人の行きつけだという店内一階の個室は、四人ほどが寛げるスペースがある。
「よく来るんですか?」
「ええ。安くて美味しいの。遅くまで営業していてテイクアウトもしているしね」
「へぇ…」
「運良いわね。個室は人気があるから、飛び込みでは中々入られないの」
「ふーん、強運ですねぇ」
「アンタのことよ」
「いや河嶋さんでしょう」
持って生まれた星が、ある人だから。俺は目の前でメニューを捲る彼女の、綺麗に切り揃えられた眉毛をぼんやりと見ていた。
「…三嶋さん?」
「あ、はい」
「注文どうしますか?」
「えっ、あっ、お、お任せします」
いつの間にか手洗いから戻っていた上田さんが、俺を心配そうに見つめている。河嶋さんとは真逆な、愛くるしい印象の強い彼女が首を傾げる様子に、また俺の中で感情が渦を巻いた。
「適当に選んじゃいますよ」
「えあ、はぁ、はい」
「もう酔っているの?」
「いやまさか!ハハハ?」
ふと冷静になれば、屈指の美人美女と、差し向かいで酒を呑むのだ。アルコールの力を借りずとも、頭がクラクラしてくる。
俺は二人が顔を寄せ合ってメニュー選びをしている間、壁の隙間を迷路に見立てて追うという、奇怪な真似事を続けていた。
「本当、アンタ面白いわね」
「どうせ変人ですよ、俺は」
「そんなに拗ねないで下さい。面白いと私も思いますよ」
「ありがとうございます」
料理が運ばれ酒が到着すると、思いの外話は弾む。やはり変な目線の動きをしていた俺は、ほんのり顔が赤く染まり出した河嶋さんに、散々いじられていた。
「あれなの?昼時もそうやって時間潰していたの?」
「昼?ああ会社のですか。まぁ、やったりはしてましたよ」
「アンタ一人の時、たまーに目線変だったものね」
「考え事してたら、そうなりませんかね」
「そう?どうなの沙織」
「あっ、どうでしょうね。私一人でご飯食べないから…」
「そういや上田さんはいつも河嶋さんと一緒でしたね」
この二人、元は高校の先輩後輩の間柄で、大学から運送会社に入るまで関係を続けているらしい。前就業中の雑談の中で、河嶋さんがふと教えてくれた。
「ええ、私先輩と一緒なんです」
「仲良いですよね。羨ましいですよ」
「ふふ、そうですか?」
「だってそんなに信頼できる先輩、中々出来ないですよ。ましてや頼りになる人ですからね」
「あら褒めてくれるの?」
「けなしはしません」
良かったですね、なんて可愛らしく首を傾ける上田さんは、行儀良く水晶鶏を取り分けていた。そんな彼女の腹を小突いた河嶋さんは、はなかみながら俺達のグラスにビールを注いでくれる。
「河嶋さんは一人の時ありますね、確か」
「え?」
「ほら上田さんのシフトが被らない時、一人でしょ?」
「え、ええ」
「そりゃ河嶋さんみたいにシッカリ一人でも食べられれば、良いんですけど」
「そうかな。しっかりしてる?」
「なんていうか、育ちが出ますよねああいう時」
挙動不審になりがちな俺とは違って、河嶋さんは一人の時でも背筋が伸びて、ちゃんとしている。その姿はお手本のような格好良さがあって、密かに見惚れたものだ。
河嶋さんは俺が初めて勤務した時、最年少かつ女性唯一のリーダーだった。テキパキと指示を出して混乱を鎮め、分かりやすい指摘をしてくれる彼女の姿も相まって、あの一人で食べる様子は目に焼きついている。
「そ、そう。変じゃなかった?」
「へん?真逆、カッコいいですよ」
「そう、そう」
何か変な空気だ。押し黙ってしまう河嶋さんに、俺は地雷を踏んだのかと気を揉んでしまう。
「あ、いや格好良いというのはつまり、ええ、えっと」
「アハハ、気にしないでください。慣れてないだけですから」
「へ?」
「褒められ慣れていないんです、先輩は」
「へぇ…」
「私も、ですけど」
「上田さんが褒められないなんてないでしょう。立派なのに」
「そんな…私なんて」
「いえ、立派ですよ。俺より歳下なのに、色々な業務こなせるし。頼りになりすぎて、歳下か疑いました」
謙遜する彼女だが、上田さんも河嶋さんに負けず劣らず優秀なのだ。若くして部門のリーダー長に抜擢されても尚、業務の効率化を成し遂げる才覚。
慣れない人へのフォローも優しくて、男性社員から抜群の人気を誇る彼女は、何故か卑屈な物言いを繰り返す。
「先輩に頼ってばかりですよ。一人でご飯も食べられないし」
「そりゃ河嶋さんは優秀ですから頼るのは変ではないでしょう。それに一人で食べられないなんて、気にする事ではありませんって。一人でご飯食えたって、結局手持ち無沙汰で目線キョロキョロしちゃうのがオチです」
矢継ぎ早にフォローをしていた。酒の力だろうか、普段ではありえないほど、言葉が川のように流れていく。
「二人とも凄いですよ。本当、俺からしたら尊敬する上司です」
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