第四話 皇子来訪

「シエラ!! いつまで寝ているんだい、このノロマ!!」


 予想通り、義母の怒鳴どなり声で目が覚める。

 

 私は結局、かまどの横で寝てしまっていた。

 丸めた身体に灰がついてて、慌てて払うけど、のいたのはきっと気持ち分だけ。


「我が家に皇子殿下が来訪される! 掃除が済んだら、お前は納屋にでも隠れておいで!」


「え、皇子殿下が?」


「そうさ。んだよ! "グレイフォルド家のご息女を妃に貰いたい"と朝一番に使者が来て、午後に殿下が来訪される旨を伝えてきた。お前はいつになく寝こけていたようだけど、今日はめでたい日だから寛大な心で許してやったのさ」


「グレイフォルド家の娘……」


「はん! 間違ってもお前ではないよ。お前は言いつけを守らず、パーティーに来なかっただろう? 舞踏会ではそれはもう美しい姫君がいらしていて、殿下はその方とばかり踊っていたけれど……、蓋を開けてみれば選ばれたのはウチのモニカだったってこと!!」


 勝ち誇ったように義母が言う。

 確かにとても機嫌は良さそうだけど、私は首を傾げることだらけだった。


 義姉は殿下と視線を合わせることすらなかったのでは。


 しかしそれ以前に困ったことは、やはり私は"出席してない"ことになっているという事実。


(お父様になんて言えば……)


 信じて貰えなくても、伝えるしかない!


 意を決して義母に尋ねると、父は呼び出されてお城に赴いており、殿下と一緒に戻られるらしい。


(万事休すだわ……)


 とにもかくにも大急ぎで他の使用人たちと客間や玄関を整え、私は庭隅の納屋へと追い払われた。

 間もなくして立派な馬車が訪れ、大勢の人たちが屋敷に入る。


(覗き見なんて、はしたないことだけど)


 客間の様子が気になって庭でウロウロしていると、急に使用人たちが大慌てで廊下を行き来し始めた。


(どうしたのかしら)


 窓からは、声が漏れ聞こえた。


「モニカお嬢様、まさか靴に足のサイズを合わせるために親指とかかとを切り落とされるなんて」


(!!)


「いくら皇族の方たちが"再生の力"をお持ちだからって、無謀だわ! "再生の力"は血をわした相手としか、効力を発しないのでしょう?」


「ええ。だからお嬢様は、殿下から治療を断られていたわ」


「そもそもモニカお嬢様は、お探しのご令嬢ではなかったらしいしね。殿下がお持ちのガラスの靴に合わなかったもの」


(──! ──? 血を、交わす??)


 思わず聞いてしまった彼女たちの会話に疑問符を浮かべていると。

 背後からメイドのひとりに声をかけられ、身体が跳ねた。


「ああ、シエラ! じゃなかった、シエラお嬢様、こちらにいらしたのですね。急ぎお連れするようにと殿下と伯爵様が」


 昨日まで呼び捨てで私に用を押し付けていたメイドの口調が、絶妙に丁寧になっている。


「ま、待って、こんな格好で?!」


 雑巾よりクタクタな服と、くしも入っていない髪。

 こんな姿で出ていっても「見苦しく、目障りだ」とたれてしまうだけ。


「さあさ、お急ぎください。お連れしないと、私が叱られてしまいます」


 メイドは強引に私の腕を引っ張る。そこにはやはり、"遠慮"の文字はない。


「いやぁぁぁぁ!」


 揉み合って、強引に腕を引き抜くとき、相手の爪で肌がけた。

 腕に走る一筋の傷から、血が滲む。


「っ痛」


 直後に。

 魔力の風がはしった。


「きゃああっ!」


 メイドが悲鳴とともに吹き飛ばされる。


 驚いて窓を見上げると。


「こちらでしたか。シエラ・グレイフォルド嬢」


 昨夜の笑顔で、皇子殿下が私を見ていた。赤い瞳をキラキラと輝かせながら。

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