第16話 優しい天使様

 僕達はランと一緒にスラム街にあるランの家までいった。貴族街や商店街と違って独特の雰囲気だ。なによりも臭い。恐らく衛生状態がよくないのだろう。案内された家に行くと女性が家の中で寝ていた。



「只今、お母さん。」


「遅かったわね。ラン。」


「うん。わたし、わたし、・・・・」



 ランがいきなり泣き始めた。母親も何があったのか想像がついたのだろう。



「ごめんね。ラン。あなたには苦労ばかりかけて。」


「うんうん。平気だよ。」



 僕は心眼で母親の身体を見た。胸の辺りに黒い影がある。これが原因なのだろう。魔法を使えば何とかなるかもしれない。だが、ここで魔法を使うわけにはいかない。僕達4人は、心の中にもやもやしたものを感じながらその場を後にした。



「アスラ~。あの人達に何かできないかな~?」


「できることはあるさ。でも、根本的な解決にはならないよ。」


「アスラ君の言う通りだよ。僕の家の領地でも貧富の差はあるよ。父上も困っているんだ。」


「そうよね~。私の家は男爵で治める街も小さいから、今までそんなに感じなかったけどね。」



 その後はそれぞれ家に帰った。僕は頭の中が悶々としている。



「どうしたの?アスラちゃん。」


「今日、街で女の子を助けたんですけど、スラム街の子だったんです。家に行ってみたら病気の母親が寝たきりの状態で。」


「そうなのね。心配よね。」


「お母様。どうしてスラム街があるんですか?」


「いきなり難しい質問をするのね。いろいろ理由はあると思うけど、スラム街の人達にもできる仕事があれば、少しは良くなると思うんだけどね。」



 食事をした後、僕は自分の部屋に戻った。そしていつものように転移で森に行って、その帰りにランの家まで転移した。すでにランの家は灯りが消えて真っ暗だ。僕はこっそりと忍び込んだ。すると、ランの母親が気付いたようだ。



「だれ?」


「シー!怪しいものではありません。あなたの病気を治しに来ました。声を出さないでください。」



 母親は疑うこともなく、僕の言葉を受け入れたようだ。



「病よ癒えよ!『パーフェクトヒール』」



 母親の身体から黒い霧状の物が出てきて空中で霧散した。



「これで大丈夫です。明日には起きれますよ。」


「あなたは天使様なのですか?」


「いいえ。違いますよ。ただ、今日のことは誰にも言わないでくださいね。」


「は、はい。ありがとうございます。」



 僕は、玄関先にお金と果物、それに討伐したレッドボアのお肉を置いて家に戻った。



“アスラ。あなた、いいことしたと思っているでしょ?”


“そんなこと思ってないよ。”


“なら、いいんだけどね。あの親子はあれだけでは幸せになれないのよ。わかってるでしょ!”


“わかってるさ。何か仕事が見つかればいいんだけどな~。”



 そして翌朝、食事をしているとお父さんが話しかけてきた。隣ではお母様がニコニコしている。



「アスラ。ジャネットから話は聞いたぞ!」


「アスラちゃん。スラム街の親子のことをウイリアムに話したのよ。」


「そうなんですか~。」


「お前はその親子に何もできないと悩んでいるんだろ?」


「はい。そうですけど。」


「我がホフマン家はこの国の貴族だ。貴族は国民の命や生活を守るのが仕事だ。わかるな?」


「はい。」


「今日、お前は学校が休みなんだろ?なら、一緒にその親子のところに行くぞ!いいな!」


「はい!」



 朝食をとった後、僕とお父様は執事とメイドを連れてランの家まで馬車で向かった。



「あっ!お兄ちゃん!お母さんの具合がよくなったんだよ!」


「昨日は娘がお世話になったようで、なんとお礼を言っていいのやら。」


「起きても大丈夫なのですか?」



 僕が母親に聞くと、母親は一瞬『ハッ』と驚いた表情を見せてすぐに話し始めた。



「ええ。不思議と今朝から体が軽くなりまして。こうして起き上がることができるようになったんです。『天使様』には感謝で一杯です。」



 すると、お父様が話し始めた。



「『天使様』とはどういうことですか?あっ、申し遅れました。私はアスラの父で、ウイリアム=ホフマンと言います。」



 すると、ランの母親は慌てた様子で平伏しようとしたので、お父様がそれを止めた。



「そのままでいいですよ。それよりも、天使様の話を教えてくれませんか?」


「あ、はい。実は昨日の夜、私の枕元に天使様が現れまして、私の病気を治してくださったのです。もしかしたら夢だったのかもしれませんけど。」



 お父様は一瞬僕を見た後、ラン親子に話し始めた。



「もしよければ我が家で住み込みで働いてみませんか?」


「えっ?!」



 二人は狐につままれたような顔をしている。僕も突然のことに驚いたぐらいだ。2人の驚きは尋常ではないだろう。



「あの~。私達親子が、貴族様のお屋敷で働かせていただけるのですか?」


「そうですよ。ただ、あなた方が嫌でなければですがね。」


「嫌なんてことありません。まるで夢のようなお話なので。」



 それから2人を馬車に乗せて屋敷まで戻った。2人の部屋はメイド達と同じ場所だ。母親のミレイはメイドとして、娘のランはメイド見習いとして働くことになった。



「アスラお兄ちゃんと一緒にいられるね。」


「こら!ラン!アスラ様でしょ!」


「いいんですよ。ミレイさん。僕も妹が欲しかったので。」



 すると、何やらお母様がもじもじしている。



「ウイリアム!アスラちゃんは妹が欲しいみたいよ!」


「あ、あ、そうだな。そのうちできるかもな。」



 家に戻った後は大変だ。僕はお父様に居間に呼ばれた。



「そこに座りなさい。アスラ。」


「はい。」


「どうしたのよ?ウイリアム。」


「アスラ!ミレイの病気を治したのはお前なのか?」



 やはり僕のことを疑っていた様だ。僕は返答に困ってしまった。すると、お母様がお父様に聞いた。



「ウイリアム。どういうことなの?ちゃんと説明してよ。」


「実はな。ミレイだが、昨夜枕元に『天使様』が現れて病気を治してくれたそうなんだ。」


「どうしてそれがアスラちゃんなの?」


「ミレイはアスラの声を聞いた瞬間、顔色が変わったんだ。おかしいだろ?」


「どうなの?アスラちゃん!正直に言って!」


「ぼ、ぼ、僕にはそんな力はありません。それに、夜にこのお屋敷を抜け出すなんてできませんよ。」


「それもそうね。アスラちゃんが屋敷を抜け出せば、警備の者が気が付くはずよね。ウイリアムの考えすぎよ。」



 お父様は納得できない様子だった。だが、その日はそれ以上何も聞かれることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る