第5話 不思議な老婆と魔法の指輪

 僕が伯爵家の養子になってからちょうど1年が過ぎた。未だに剣の練習では痛い思いをしている。それに引き換え、僕の剣はカレン先生に掠りもしない。そしてその日、僕は剣術の訓練が終わった後、珍しく一人で街に出かけた。伯爵家は街全体が見渡せる小高い丘の上にある。そのため行きは下り坂だ。僕は一人で街に行くことが嬉しくて走って駆け下りた。すると、街の少し手前に重そうな荷物を背負った老婆がいた。



「お婆さん。大丈夫?荷物もってあげるよ。」


「おやおや。ありがとうね。坊や。」


「平気だよ!」


「坊やは伯爵様のところのお坊ちゃんかい?」


「そうだよ。」


「貴族様なのに偉いね~。」


「もともと僕も平民だからね。」


「そうなのかい。」


「うん。」



 僕はお婆さんの背負っている荷物を預かって、一緒に街まで歩き始めた。そして街の入口まで来るとお婆さんは驚くことを口にした。



「坊や。何があったか知らないが、あんたからは憎しみと怒りの感情が溢れているよ。このままだと闇に飲み込まれちまうよ。」


「えっ?!」


「驚くことはなかろう。」



 確かに僕は黒龍への怒りと憎しみを忘れたことはない。剣の練習をしているときも、勉強しているときも、食事をしているときでさえ思い出している。でも、どうしてこのお婆さんは知っているんだろう?このお婆さんは何者なんだ?



「私はただの老婆さ。ただ、あんたを見ていると心配になってね~。荷物を持ってくれたお礼にこの指輪をやろう。この指輪はきっとあんたの役に立つから、常に身に着けておくようにしな。」



 老婆に手渡された指輪をはめるとブカブカだった。だが、不思議なことに指輪がどんどん縮まってしっかりと指に納まった。そして僕の心から怒りと憎しみの感情が薄らいでいく。同時に体もどんどん軽くなっていく。物凄く新鮮な感覚だ。



「どうだい?少しは楽になっただろう?」


「うん。ありがとう。お婆さん。」


「いいってことさ。じゃあな。気をつけてお行き。」


「うん。」



 老婆は荷物を持って街の中に消えていった。そして街でしばらく過ごした後、屋敷に戻ると居間にはお母様がいた。



「あら、アスラちゃん。お帰り。街はどうだったの?」


「はい。いろんなお店があって、凄く賑やかでした。」


「そう。よかったわ。でも、街には危険な人達もいるから気を付けるのよ。」


「大丈夫です。」


「ならいいけどね。あら、その指輪はどうしたの?」


「街に行く途中でお婆さんにもらったんです。」


「そうなの。ちょっと見せてくれる?」



 僕はお母様に指輪を見せた。



「素敵な指輪ね。大事にしなさいよ。」


「はい。」



 僕は気づいていなかったが、僕が街に出かけている間ずっと護衛が付いていた様だ。僕が部屋に戻った後で、護衛の兵士がお母様に報告していた。僕が老婆を助けたことも、老婆から指輪をもらったこともすべて報告されていた。



「街に行く途中、重たい荷物を持った老婆を見ると、アスラ様はその老婆に駆け寄って荷物持ってあげたようです。」


「そうなのね~。やっぱりアスラちゃんは優しい子ね。」


「はい。私も驚きました。どうやらアスラ様は困っている人を放っておけないようです。街に区途中色々と話していたようですが、内容までははっきりとわかりませんでした。ですが、街に入るところで老婆がアスラ様に指輪を手渡すのを見ました。」


「さっきの指輪ね。でも、何なのかしら?なんかあの指輪からは神聖な感覚がしたのよね~。」



 晩御飯を食べてお風呂に入った後、僕は自分の部屋で寝ようとベッドに横になった。すると、部屋には誰もいないはずなのに少女が話しかけてきた。



“ちょっと!何を寝ようとしているのよ!挨拶ぐらいしなさいよ!”



「えっ?!だ、だれ?」



“私よ!あなたがはめている指輪よ!”



「え———!!!」



“そんなに驚かないでよ!”



「なんで指輪がしゃべるんだよ!」



“しゃべってなんかいないわよ!これは念話よ。あなたの頭に直接話しかけてるのよ!”



「念話?」



”そうよ!念話よ!“



「わかったよ!それで、君は何者なの?」



“だ~か~ら~!念話なんだから!声に出さなくていいから!頭の中で話しかけなさい!”


“わかったよ。”


“それでいいのよ。私はリン!何者って言われたら~・・・そうね~・・・魔法の指輪ってとこかな。”


“魔法の指輪?”


“そうよ。今日、あなたが私の主を助けたでしょ?だから、主からあなたを助けるように言われたのよ。”


“主って、あのお婆さんのこと?”


“そうよ。あんたの心に怒りと憎しみが満ちていて、いまにも外に溢れ出しそうだったから私が食べてあげたのよ。”


“そうなんだ~。ありがとう。僕はアスラだよ。よろしくね。リンさん。”


“リンでいいわよ。でも、どうして怒りと憎しみが強いの?アスラは貴族の子どもなんでしょ?”



 僕は今までのことをすべて話した。村が黒龍に襲われて両親が殺されたこと、僕自身が大けがを負ったこと、親切な吐く様に養子にしてもらったこと、全部を放した。するとリンは、時折『グスン』とか『ズズズズー』とか、まるで泣いているかのようだった。



“そんなに悲しいことがあったのね。わかったわ。それでアスラは強くなりたいのね?強くなって仇を取るつもりなんでしょ?”


“うん。でも、僕にできるかな~。”


“何を弱気になっているのよ。私が協力するんだから間違いなく強くなれるわよ。”


“本当?”


“私を疑っているの?私を誰だと思っているのよ!”


“魔法の指輪でしょ?”


“・・・・”


“違うの?”


“そうよ!私は魔法の指輪よ。そして、今からあなたの師匠ね。”

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