第4話 アスラ、伯爵家の養子になる!

 気が付くと僕は村の唯一の生き残りとして、ホフマン伯爵家で看病を受けていた。両親を殺された僕にとっては、黒龍への憎しみや怒りは簡単には消えないが、伯爵夫妻の優しさは僕の心を癒してくれた。そして僕が母の名前を口にすると、伯爵夫妻は驚いて天を仰ぎ始めた。



「アスラ君。いや、アスラ!君は僕達の甥なんだよ。マーサは僕の妹なんだから。」


「えっ?!」



 僕には信じられなかった。お父さんもお母さんも冒険者だったはずだ。まさかお母さんに貴族の兄がいたなんて信じられるはずもない。しかもウイリアム様は伯爵様だ。



「残念だけど、違うと思います。僕の両親は2人とも冒険者でしたから。それに、貴族の出身なんて聞いたことがありません。」


「それはそうだ。マーサは貴族でありながら冒険者をしたいと言って、王立学院を卒業するとすぐに家を飛び出したんだから。」


「そうよ。アスラ君。マーサさんは学院の教官だった冒険者のサムと駆け落ちしたのよ。素敵な話よね。」


「ジャネット!」


「あら、ごめんなさい。だって、愛する人のためにすべてを捨てて逃げるなんて素敵じゃない。アスラ君もそう思うでしょ?」


「ええ、まあ。」



 僕は両親の馴れ初めを聞かされて少し複雑な気持ちだった。その後、2人だけで何か大事な相談をしたいということで、僕は食堂に案内されて一人でご飯を食べることになった。さすが伯爵家の屋敷だ。広さも凄いが、置物や壁に飾ってある絵画がどれも豪華だ。案内された食堂にも10人ぐらいが座れるダイニングテーブルがあった。それに、テーブルの上には今までに見たこともない燭台が置いてあった。食事が終わって部屋で休んでいると、執事のハーリーさんが呼びに来た。



コンコン



「はい。」


「旦那様が居間でお呼びです。一緒に来てください。」



僕はハーリーさんと一緒に居間に向かった。居間では伯爵様とジャネット様がソファーに腰かけていた。



「何か御用ですか?伯爵様。」


「まあ、そこに座りなさい。」


「はい。」



 僕がソファーに腰掛けると、ジャネット様が話しかけてきた。



「アスラ君。これからどうするの?行くあてはあるの?」


「いいえ。」


「そう。私達にも子どもがいないのよ。もし、あなたがよければこの家で暮らしてもいいのよ。無理強いはしないけどね。」



 ウイリアム伯爵を見ると頷いている。一体どういうことなんだろう?僕を雇ってくれるってことかもしれない。行く当てのない僕にとっては、仕事をさせてもらえるのはこの上ない申し出だった。



「僕、何でもします。洗濯でも馬の世話でも、何でもします。」


「違うのよ。アスラ君。あなたは私達の養子になるのよ。嫌かしら?」


「えっ?!」



 何か信じられないことが起きている。



“僕が貴族様の養子に?ありえないだろう。”



 頭の中の整理が追い付かないでいると伯爵様が声をかけてきた。



「正直に言おう。君がこうして生きているのは奇跡なんだよ。胸と背中に黒龍の爪の跡があったんだ。この意味が分かるかい?」


「いいえ。わかりません。」


「つまり、君は本来間違いなく死んでいるのさ。心臓を爪で貫かれたんだから。なのに君は生きている。君は神様が生かした奇跡の子なんだ。恐らく、神様はマーサの子を生かして、子どものいない私達にお預けになったんじゃないかと思うんだ。」


「神様が?」


「そうさ。君は神様に生かされたんだよ。」



 確かにそうだ。僕の最後の記憶は黒龍に向かって行ったところまでだ。全員が死んだのに僕だけが生き残っている。伯爵様が言う通り、奇跡なのかもしれない。でも、神様は僕に何を望んでいるんだろう?僕なんか何もできないのに。



「アスラちゃん。今日からそう呼ぶわね。だって、私が母親なんだもん。」


「そうだぞ。私のことも父と思ってくれ。」


「ですが、僕は平民です。平民が貴族様だなんて・・・」


「いいのよ。そんなことは気にしないで。あなただってホフマン家の血を引いているんですもの。」



 その日から、僕はスチュワート王国のウイリアム=ホフマン伯爵の子どもとして、伯爵様達と一緒に暮らすことになった。だが、平民の僕が貴族になるのだ。やらなければいけないことが沢山ある。まず最初は、貴族としての礼儀作法を勉強しなくてはならない。先生はメイド長のマイヤーさんと執事のハーリーさんだ。ハーリーさんは優しいが、マイヤーさんはかなり厳しい。



「わかりましたね!アスラ様!」


「ごめんなさい。もう一度いいですか?マイヤーさん。」


「アスラ様!アスラ様は伯爵様のご子息なのですから、私ども使用人に敬語を使わないようにしてください。私の事はマイヤーでいいですから!」


「は、・・・うん。」


「ではもう一度。」


「うん。」



 お辞儀の仕方一つとっても貴族のしぐさは難しい。ましてや挨拶の仕方なんかそんなに簡単には覚えられない。



「午後からは剣術の先生がお見えになりますから、早くお支度をしてくださいね。」


「わかりました。」


ギロッ


「あっ!わかったよ。」



 午前中は礼儀作法や算術・歴史・常識の勉強だ。午後からは女性冒険者のカレン先生が剣術を教えてくれる。そして、剣術の訓練が終わると自由時間になる。自由時間には屋敷の図書室で本を読むのが日課になった。



「アスラは剣の使い方を知っているようだが、どこかで訓練したことがあるのか?」


「うん。以前、お父さんに少しだけ習ったんだよ。」


「伯爵様に?」


「違うよ。僕の本当のお父さんだよ。」


「えっ!どういうことだ?」


「カレン先生は聞いてないの?僕の本当のお父さんとお母さんは黒龍に殺されたんだ。それで、お母さんの兄のウイリアム伯爵様が養子にしてくれたんだよ。」


「そうなのか。大変だったな。」


「まあね。でも、今のお父様もお母様も大好きだよ。だから、いっぱい勉強して、いっぱい訓練して、いつかお父様とお母様にご恩を返すんだ~。」


「そうなのか。アスラは偉いな~。」


「偉くなんてないさ。」


「どうしてだ?伯爵様に恩を返そうなんて偉いじゃないか。」


「だって、僕は強くなって黒龍を殺しに行くんだもん!もしかしたら、殺されるかもしれないでしょ?そうしたら、お父様もお母様もまた子どもがいなくなっちゃうじゃないか。」


「だったら、黒龍のことを諦めればいいだろ。」


「嫌だよ!あいつだけは絶対に許さないんだ!」


「そうか~。なら、Sランク冒険者よりも強くならないとだめだな。まだ、だいぶ時間がかかりそうだ。ハッハッハッハッ」


「笑わないでよ!カレン先生!僕は真剣なんだから!」


「悪い、悪い!でも、相手が黒龍なんだろ?黒龍って言ったら、大昔にいた魔王と同じぐらい強いんだぞ!」


「だから、これから一生懸命に訓練するんだよ。」


「なら、そのつもりで厳しく修行しないとな!」


「それはちょっと・・・」


「何言ってるんだ!始めるぞ!」

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