第3話 優しい貴族様

 僕は両親と幸せな生活を送っていたのだが、そこに突如黒龍が現れ、炎を吐き出しながら村を襲った。お父さんは黒龍に立ち向かっていったが、黒龍に殺されてしまった。僕も憎い黒龍に向かっていったのだが、相手にもならず、返り討ちにあって意識を失った。



「アスティ村の生存者は子ども一人だけか?」


「はい。あの子が倒れていただけで、他に生存者はいませんでした。」


「そうか。ご苦労であった。ヨハン、みんなにもゆっくり休むように伝えてくれ。」


「ハッ」



 ぼんやりとした頭の中に人の話し声が聞こえる。だが、目も開けられなければ、身体も動かせない。



「これだけの傷を負って生きてるなんて、まるで奇跡だわ!ウイリアム!」


「そうだな。神は何か理由があってこの子を生かしたのかもしれないな。」


「でも、可哀そうね。この子になんて説明すればいいのかしら。恐らく、親もいただろうに。」


「ジャネットは優しいな。」


「何よ。今更。」



 僕は自由にならない体を必死に動かそうとした。すると、瞼がゆっくりと開き始める。目の前には、僕やお母さんと同じ金髪で緑の瞳をした男性と、お父さんと同じブロンドの髪で青い瞳をした女性が立っていた。



「ウイリアム!目を覚ましたわ!」


「おい!誰か!誰かいないか!」


「旦那様。御用でしょうか?」


「すぐにマイク先生を呼んできてくれ!」


「はい。畏まりました。」



 メイドらしき女性が部屋から出て行った。どうやら僕はこの人達に助けられたようだ。



“お礼を言わなくっちゃ!”



 僕は痛みをこらえて体を起こそうとした。



「ダメよ!動いちゃダメ!また、傷が開いちゃうわよ!」


「あ、あ、ありが・・・」



 僕はお礼を言おうとしたが、自然と涙が流れて最後までお礼を言えなかった。



「いいのよ。寝てなさい。」


「そうだぞ!ジャネットの言う通りだ!今は静かに寝ていなさい。」



 頷くことしかできなかった。



“みんな死んじゃったんだ。お父さんも。お母さんも。”


ウ~ ウ~ ウ~



 それから1週間が経った。お医者様も驚くほどの回復力で、もう起きても大丈夫とお許しが出た。マイク先生が部屋から出て行った後で、すぐにメイドさん達がやってきた。手には子ども用の服を持っている。僕のために用意してくれたのだろう。



「坊ちゃま。この服に着替えてください。一人で起き上があがれますか?」


「はい。」



 メイドさん達は僕を見てニコニコしている。そして、僕の服を脱がし始めた。



「僕、自分で着替えられますけど。」


「いいんですよ。坊ちゃまはそのままにしていてくれれば。」



 僕は平民だ。なのにみんなが僕のことを『坊ちゃま』と呼んでいる。不思議な気持ちになった。



「僕はアスラです。平民なんです。『坊ちゃま』なんかじゃありません。」


「そうですね。でも、伯爵様の大事なお客様ですから。」


「僕は助けてもらっただけでもありがたいのに、こんな風にされたら・・・」


「アスラ様は礼儀正しいんですね。」



 目の前の鏡を見ると、伯爵様と同じ金髪で青い瞳。それに、子ども用と言えども立派な服を着ている。どう見ても貴族の子どもだ。だが、僕の胸にはしっかりと傷跡が残っている。それを見ると、黒龍への憎しみが込み上げてくる。



「坊ちゃま。居間で伯爵様がお待ちです。一緒に来てください。」


「はい。」



僕はメイドさんに連れられて1階の居間に案内された。そこには伯爵様と奥様がいた。平民の僕は二人の前でお礼を言おうと平伏した。



「命を助けていただいてありがとうございます。ウイリアム伯爵様。ジャネット様。」



 二人は僕を見てキョトンとしていたが、すぐに僕の手を取って声をかけてきた。



「立ちたまえ。アスラ君。」



 僕が戸惑っていると、ジャネット様がいきなり僕を抱きしめてきた。顔が大きな胸に埋もれて息ができない。



「良く似合ってるわ!可愛い~!」



ジャネット様は物凄く柔らかくて暖かい。それに、甘い匂いがする。まるでお母さんのようだ。自然と僕の目に涙が溢れた。


 

「あらあら、ごめんなさいね。アスラ君。そんなに苦しかった?」


「いいえ。大丈夫です。」



 すると、ウイリアム伯爵様が真剣な顔で話しかけてきた。



「アスラ君。君には残酷なことを言わなければならないんだ。」



 恐らく、ウイリアム伯爵様は僕の両親が死んだことを告げようとしているのだろう。平民の僕のために心を痛めてくれているんだ。そう考えると申し訳なくなった。両親から聞いていた話だと、貴族は偉そうにふんぞり返っているものだとばかり思っていた。だが、この人達は違っていたのだ。



「実は、君の住んでいた村を捜索したんだが、君以外に生存者はいなかったんだ。」


「大丈夫です。覚悟していましたから。お父さんもお母さんも、天国から僕を見ていてくれていると思います。」


「そうか。なら、いいんだ。」



 僕の言葉を聞いて、再びジャネット様が僕を抱きしめた。



「可哀そうなアスラ君。」


「ありがとうございます。こんな僕のことを気にかけてくれて。」



 するとウイリアム伯爵様が真剣な様子で聞いてきた。



「ところで、君に聞きたいことがあるんだが。」


「なんでしょう?伯爵様。」


「君の瞳は僕と同じ緑色をしているよね。ご両親のどちらかが緑色の瞳だったのかい?」


「はい。お母さんが僕と同じ色をしていました。」



 ウイリアム伯爵様とジャネット様は驚いた様子でお互いを見つめあった。



「この国の大抵の人間は瞳の色は青いんだよ。」


「・・・・」


「アスラ君。お母さんの名前を教えてくれるかい?」


「マーサですけど。」



 2人は目を見開いて驚いていた。



「そ、それは本当かね?!なら、アスラ君!君のお父さんの名前はサムじゃないのかい?」


「はい。そうですが。どうして知っているんですか?」


「やはりそうだったか!」


「ウイリアム!やはり、これは神様のご加護よ!」


「そうだな。」



 2人は天に向かって祈り始めた。僕には何が起きたのか全く理解できなかった。

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