第8章「妖魔」(1)
エスリン、シーロンの下で修行をしているミナト。
「はアッ!!」
ミナトは右手に意識を集中させて、一気に手を突き出して広げた。そこから水が小さな川のように溢れ出す。
「やったーー!完璧だ!!」
「大分、神の力が強くなってきたわね。」
「だろ?秘めた力が今になってやっと出てきたってことじゃねえの?」
「でもまあ、水を出せただけで水のコントロールまでは出来てないから、全然たいしたことはないわね。」
「ち…それだってすぐに出来るさ!」
「とにかく、すぐ調子に乗らないこと。」
「分かったって。…ったく、自分だって調子に乗って俺をからかうくせに…。」
「何か言ったかしら?」
「はいはい、修行再開しまーす。」
「…ミナトはガキだな。」
横から、シーロンが言った。これはミナトには聞こえていなかった。
「アマトに頼まれて、ミナトを守ってるんだってね。エスリンは。」
「ええ。まさかこんなに大変だとは思わなかったわ…だってあまりにもアマト様と違い過ぎてて…。」
「比べるのが間違ってるよ。アマトは、神々や人間界の王だろう。そんな人と比べるのは、酷だよ。」
「分かってるけど…。」
ちらりとエスリンは横目でミナトを見た。ミナトは右手から水を出してそこらじゅうに水溜りを作っていた。
「遊んでないで真面目にやってよ。」
「真面目にやってるって。ほら、池を作ろうとしてんだけどさ。うまくいかねーや。」
「池を作ってどうするの。それより、水のコントロールよ。自分の意志で、水を操れるようにならなきゃ。」
「うーー…。」
「ミナト。俺が火を出すから、お前はそれを消すんだ。」
シーロンが、ミナトに向かって手から火の玉を投げてきた。
「へへん。そんなの楽勝!」
ミナトは水を出し、即座にその火の玉を消してみせた。
「じゃ、次いくよ。」
シーロンが、今度はさっきのものより一回りほど大きな火の玉を放った。
「むっ…。」
水が当たって、火の玉はじゅううと消えていった。
「はい、次。」
間髪入れずに、シーロンは次々とさっきよりも大きな火の玉を繰り出してくる。
「わ、わわわわ…!」
ミナトはいろんな方向に水を飛ばしたが、次々と飛んでくる炎の玉を全て消すことは出来なかった。
「ズルイよ!こんなの出来るわけねーだろ!」
ミナトに飛んできた火の玉は、シーロンが片手を上げると全て消えた。
「水を上手くコントロール出来れば、火は全て消せるはずだよ。水は火より強いんだからね。例えば、俺がやったように水の玉を作ってみたり、水を雨にして降らせたりすれば、あんな火なんてすぐ消せるだろ?」
「ん~~…。そこまではまだ無理だよ…。」
「焦ることはないさ。そのうちきっと出来るようになる。そう思うことが大事だろ。」
シーロンはにっこりと笑った。
「ああ!」
ミナトは修行を続けた。
とある海辺の村。
海岸から海を見下ろしている男がいた。
海はどす黒く濁り、泥のような塊が黒い波によって砂浜に運ばれ、辺り一面が汚れ切っていた。
男は何も言わず、険しい表情で景色を眺めている。
大きな体に、肩まで伸びた青い髪。ミナトに代わって海の王となったカイトであった。
カイトは下唇を噛みしめると、崖から飛び降りて、波間に降り立った。
波の上を、滑るように進んでいく。それに沿って、黒い飛沫が上がった。
「許せん…!」
カイトは怒りに燃えた目で、海の向こうへ遠ざかっていった。
ミナトたちは、海岸沿いに東へと進んでいた。
途中、小さな漁村に立ち寄った。
村人たちはいたが、皆生気のない顔だった。
しかも、年寄りばかりで、若者や子供は一人もいない。
「…もう、この村は終わりなんです…。」
話を聞くと、村長である老人は言った。
「終わりって何が?」
「…村の子供たちや若者たちは皆、悪魔にさらわれてしまいました。もう、今頃はオロチの餌に…。」
「オロチ?」
ミナトは眉をひそめた。初めて聞く言葉だった。
「恐ろしい怪物のことです。悪魔に捕らえられた者は皆、オロチに食べられてしまうのです。」
「そいつ、どこに住んでんだよ?」
「分かりません。とにかく恐ろしい怪物としか知りません。オロチのもとへ行った者は皆帰って来ないのですから…。」
村長は、顔を両手で覆った。
「俺が退治してきてやるよ。」
ミナトの言葉を聞くと、村長は顔を上げ、両手を合わせて懇願した。
「神様…どうかお願いします…。オロチに食べられた者を返してほしいとは言いません。しかし、このままでは私たちの村だけでなく、他の町や村も滅ぼされてしまう…。どうか、どうか…。」
村長は平伏した。
「分かったって。でも、そいつがどこにいるのか分からないとどうしようもないな。」
「オロチの居場所は分かりませんが、村を襲った悪魔たちは、海に毒をまき散らしながら、海のかなたへ逃げていきました。」
「何!?海に毒を!?」
「はい…そのせいで、魚は死に、私たちもいずれは餓えて死んでしまう…。」
「くそっ、森だけでなく、海にまで毒を…。」
ミナトは樹海の出来事を思い出した。
「私、見てくるわ。もしかしたら、毒を浄化出来るかもしれない。」
「そっか!エスリンの浄化の力ならもしかして…。」
エスリンが外に出て行った。
「村長さん。諦めるのは早いぜ。悪魔に捕まった人間たちが死んだって決め付けるのは。生きてることを願って待ってろよ。必ず、俺たちが取り返してくるからさ。」
ミナトはにっと笑って見せた。しかし、村長の顔は曇ったままだった。
毒の海が広がっていた。
「酷い…。」
エスリンは思わず呟いた。
目を閉じ、意識を集中させた。清らかな光が生まれ、エスリンの体から光の波が溢れ出し、海へと注がれていく。
黒く淀んだ水は、清浄な光に溶けて、やがて透明さを取り戻していった。
エスリンは気を集中させていた。広い海を浄化するために、それだけの気力と体力が消耗されていった。そして、エスリンは近付いてくる気配に気付くことも出来なかった。
「エスリン!!」
ミナトの叫び声が響いた。
目を開けたとき、エスリンの目の前には何も見えなかった。
「エスリンーー!!」
ミナトの声が小さくなっていく。そして、そのままエスリンの意識は薄れていった…。
「ちくしょう!エスリンが悪魔に捕まっちまった!!」
ミナトは悔しそうに、エスリンをさらっていった影を睨み付けていた。
「すぐに追いかけよう。」
シーロンが竜に変身した。その背にミナトが乗ると、シーロンは影を追って飛んだ。
(…もしかしたら、俺たちは奴におびき寄せられているのかもしれない。)
「けど、エスリンがさらわれたんだ!このままには出来ねーよ!」
シーロンは猛スピードで前方の影を追いかけていたが、影は突然消えた。
(どこに消えたんだ?)
シーロンは影の消えた場所に立ち止まった。辺りは濃い霧に包まれている。
「何やってんだよ!シーロンのくせに見失うなんて!」
(消えたんだ…ここで。この近くに、何かがあるのかもしれない。)
シーロンは赤い目をこらして、霧の奥を見つめた。何か建物のようなものが見えた。
(突っ込むぞ。)
ミナトはシーロンにしがみついた。シーロンはそのまま、霧の中に突入していった。
霧の中に浮かび上がったのは、美しい青い宮殿だった。
小さな島の上に建てられており、宮殿の周りには砂浜が広がるばかりだった。
「こんな所に、何で…?」
シーロンの背から飛び降り、ミナトは駆け出そうとした。それを人型に戻ったシーロンが止めた。
「待て。早まるな。」
「だって、エスリンが!」
「落ち着け。大丈夫だ。エスリンがさらわれてから、そんなにたってない。冷静さを失った頭では、助けられるものも助けられない。」
「…そうだな…。」
ミナトは少しだけ落ち着きを取り戻した。だが、エスリンが心配でならなかった。
「それに、エスリンはお前と違って冷静だし、強いだろ。」
にこっとシーロンは笑って言った。
「…ふん。」
ミナトはすねたが、シーロンの一言で、大分気が楽になった。
ミナトたちは警戒しながら、静かに宮殿の内部へ入っていった。
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