5. モコの決意
モコは数ヶ月ぶりで家に帰った。
まだ半分トカゲみたいなモコを、ママは大喜びで迎えてくれた。
ちなみにママは一度岩屋を訪ねてきたことがある。しかし本人が出られないのでは
「モコ、ああ良かった! あのまま本物の山椒魚になっちゃったらどうしようかと思ってたのよ。まあすっかり痩せちゃって。ピザでも頼む?」
「ママ、そういうのはもうやめたんだ。サラダちょうだい」
その言葉は、息子が山椒魚になったときよりも遥かにママを驚かせた。
部屋に戻り、モコは考えた。
「誕生日にはいい結果をプレゼントしてね」
そう言ったのはアヤメの方だ。なのに彼女は来なかった。そのことで裏切られたような気になっていたが、冷静になってそれは違うと思った。
自分がこうして岩屋を出られたのは彼女のおかげだ。一緒に過ごした夏は紛れもなく人生最良の時だ。あんなに眩しい季節をモコは知らない。
プレゼントをくれたのはアヤメの方ではないか。無駄にすることはできない。
一週間考えて、モコは通信制の高校を受けることに決めた。プログラミングを本気で学んで、自分の好きなゲームの道に進んでみようと思った。
調べてみると、入学時期は普通の高校と同じく4月ということだ。まだ半年以上も先になる。モコは少し不安になった。いまのモチベーションをそんなに長く保てるだろうか。自分の決意ほどあてにならないものはない。なにしろ人から山椒魚になるほどの生来の
だが、いまのモコの心の中にはアヤメがいた。夢を追う彼女の輝く姿は、まるで闇夜の灯台のようにモコに勇気と希望を与えてくれた。
モコは自分もバイトを始めることを思いついた。春まで時間はたっぷりあるし、部屋にこもらずに済む。上手くいけば来年の学費くらい自分で稼げるかもしれない。
まだ何も始めてもないのに、モコはアヤメに一歩近づいたような気がして嬉しくなった。
もちろん、バイトなどしたことはない。こんな自分が働けるのかもわからない。できることならピザ・アンナでアヤメと一緒に働きたかったが、そこには例の恋人がいる。自分には見せたことのない笑顔で恋人と話すアヤメを想像して、モコは胸が潰れそうになった。
結局その夜、モコはピザ・アンナへ電話をすることにした。
バイトの申し込みではなく、ピザを頼むためだ。もちろんアヤメに会う口実である。会って相談に乗ってほしいことが山ほどあるし、新学期の話も聞きたかった。それにまだ、おめでとうも言えないままだ。
「はい、ピザ・アンナです」
電話に出たのはアヤメではなかった。
「あの、そちらにアヤメさんいますか?」
「アヤメなら辞めました」
「えっ、いつ?」
「今日です。それも突然に」
「ど、どうして……?」
「知らないわよ。バイト代はいらないからって、焼いてあったピザみんな持ってっちゃって。店はもうパニックよ。お客さん、そういうわけでデリバリーはいまちょっと中止なの」
それっきり、電話は投げやりに切られてしまった。
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