第二章 新興国ファーイースト編
第41話 ユーリの扱い
――【デッドリーの大森林】に出現した魔神が討伐されてから、数分後。
その場にはSランクパーティー『晴天の四象』に所属する四人の少女がいた。
一人は腰元まで伸びる金色の長髪と、透き通るような碧眼が特徴的な少女。
簡素な鎧姿に包まれており、立ち振る舞いには気品さが感じられる。
名をアリシア・フォン・スプリング。『煌刃』の二つ名を持つ、パーティーのリーダー。
一人は燃えるような赤髪のポニーテールが映える、可愛らしさの残る容姿でありながら、力強い目つきをした少女。
重厚な鎧姿と、後ろに背負っている背丈に見合わない大剣が特徴的だった。
名をセレス・サマー。『紅蓮の剣豪』の二つ名を持つ、パーティーきっての大剣使い。
一人は首元に揃えられた翡翠色の髪に、少し先の尖った耳を持つエルフの少女。
動きやすさを重視した軽装で、腰には短剣、背中には真っ二つになった弓が備わっている。
名をティオ・オータム。『翡翠の守り人』の二つ名を持つ、パーティーを支える弓使い。
最後はセミロングの青髪を持つ、一見しただけでは感情が窺えない無表情な少女。
大きなローブを羽織っており、その手には杖が握れていた。
名をモニカ・ウィンター。『碧の賢者』の二つ名を持つ、パーティーでも飛びぬけた才能を持つ魔術師。
そんな4人は現在、この場所である人物を待っていた。
彼女たちを魔神の手から救ってくれた英雄であり、最高神であるアリスティアと話していたことから神であると思われる青年である。
永遠のような時間が過ぎ去った後、突如として目の前に歪みが生じる。
そしてその中から黒髪の青年――ユーリが姿を現した。
「「「「ユーリ(さん)!」」」」
4人は咄嗟にその名を叫んだ。
アリシアが一歩前に出て、少しだけ震える声で告げる。
「よかったです。もしかしたら、ユーリさんは戻ってこないかもしれないと考えていました」
「その心配は無用だ。俺の居場所は
「それなら安心しました。色々と訊きたいことはあるのですが……ひとまずはこちらが先ですね。おかえりなさい、ユーリさん」
アリシアの言葉にユーリは力強く頷く。
「ああ――ただいま」
無事に再開を果たし、これにてハッピーエンド――とはいかなかった。
そう。ユーリが戻ってきてくれたこと自体は純粋に嬉しいものの、それによって生じる新たなる問題があったからだ。
――すなわち、神であるユーリをこれからどう扱うかである。
その問題を思い出したアリシアは、思わずハッと目を大きく見開いた。
(い、いけませんアリシア。ユーリさんが戻ってきたことが嬉しくてつい普段のように接してしまいましたが、ユーリさん……いえ、ユーリ様は神なのです。それを重々承知したうえでお声掛けしなければ不敬になってしまうでしょう)
アリシアはごほんと咳払いし気を取り直した後、改めて感謝を伝えることにした。
「その、再度となりますが……まずは改めて感謝を。ユーリ様、このたびは私たちをお守りいただきまことにありがとうございました」
「いやいや、俺なんて大したことをしていない。皆が倒したも同然だよ……待て、いまユーリ様って言ったか?」
「は、はい。この呼び方では失礼だったでしょうか?」
「失礼っていうか、急に他人行儀になったから驚いただけだ。できればいつもみたいに接してほしいんだが……」
「し、しかしそれは――」
アリスティアと同格の神に対して、果たしてそんな態度が許されるのか。
幼き頃から教えられてきた常識と、神(ユーリ)直々のお願い。
そんな2つの板挟みに苦しめられるアリシアだったが、ここで思わぬところから助け舟が入った。
「アリシア、ちょっと集合」
「モニカ? 突然なにを……」
「いいから、早く来る」
アリシアの手を引いて後ろに下がるモニカ。
二人のやり取りを見たユーリは「……?」と小首を傾げていた。
モニカはアリシアだけでなくセレスやティオも巻き込み円形になる。
その中で真っ先に口を開いたのはアリシアだった。
「何ですかモニカ? 神であるユーリ様を放置するなんて、不敬と受け取られても仕方ありませんよ?」
「それは違う。アリシアは勘違いしている。わたしたちはこれまで通りユーリと接するべき」
「……どういうことですか?」
きょとんとした表情を浮かべるアリシア。
疑問を抱いたのはセレスやティオも同様だった。
そんな中、碧の賢者は堂々と告げる。
「さっきのユーリのセリフを聞いて確信した。ユーリは魔神を倒したのが自分ではなくわたしたちのおかげと言った。見たところ謙遜していたようにも思えない……だけど実際はユーリが一人で魔神を倒した。それは誰の目にも明らかなはず」
「確かに、そう考えると今の発言は少し不自然ですね……」
「もっとも、ユーリ本人だけがそのことに気付いていない、ただのバカな可能性は残されているけど」
「ふ、不敬ですよモニカ!?」
それがまさかの正解だとは夢にも思わず慌てるアリシア。
そんな彼女を手で制したモニカが続ける。
「当然、それは考えにくい。となると考えられる理由は一つ」
そんな前置きのあと、モニカはあれだけの力を持つユーリが自身の正体を隠そうとする理由について、自身の推測を口にした。
そもそもの話、元々ユーリは自身が神であることを隠していた。
神がこの世界に降り立つための条件か何かがあるのだろう。
しかし魔神を討伐する際に神の力の一端を発揮し、それがアリシアたちの目に留まってしまった。
その直後、最高神アリスティアから呼び出されたのだ。
戻ってくるまでの時間に何かしらの議論が交わされていたのは間違いない。
その結果、このような結論に至ったと考えることはできないだろうか。
今後ともユーリが神であることを隠し通すことを条件で、この世界に降り立ってもいいと。
だからこそ、ユーリはここにいる4人が彼の正体に気付いていることは重々承知の上で、こう伝えたいのだろう。
『これからも俺が正体を隠してこの世界で過ごせるよう、皆は気付いていないフリをしつつ、いつも通りに接してくれ』――と。
その推測を聞いたセレスやティオは驚いたように頷いた。
「なるほどな、確かにそれなら全てに説明がつく」
「腐っても賢者ってことね」
「腐ってない」
賢者による天才的推測に納得する3人に対し、アリシアもまたユーリの意図を把握し腑に落ちた気分だった。
そして恩人であるユーリがそう望む以上、アリシアも応じることに不満はない。
「えーっと、もう話し合いは終わったのか?」
4人の様子が変わったことに気付いたユーリがそう尋ねてくる。
アリシアは姿勢を整えると、代表してユーリに向き直った。
「かしこまりました。ユーリ様……いいえ、ユーリさんがそう望むのでしたらこれまで通りにいたしましょう」
「そうか、よかった」
「それでは改めて――ユーリさん、これからもよろしくお願いいたします!」
かくして勘違いは加速したまま、ユーリの異世界生活が再び始まるのだった。
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