第37話 原初の一太刀
ユーリと魔神の戦闘は、とうとう最終局面に突入しようとしていた。
ここに至るまで魔神の攻撃は悉くユーリに防がれ、反撃を浴び続けていた。
せめてもと、苦肉の策として魔物の大群を呼び出そうとするも、それすらユーリの剣技によって瞬殺される始末。
まさに万事休すといった状況。
――にも関わらず、なぜか魔神は冷静さを保ったままだった。
「……ふぅ、こんなところか」
魔物を全て殲滅したことを確認したユーリは、軽く息を整えながら剣を下ろす。
続けて、目の前にいる魔神に視線を向けた。
そして気付く。
起死回生の一手が破られていながら、魔神に戸惑いがないことを。
いや、それどころか――
『ククッ、ククク……!』
なぜか魔神は、まるで耐え切れなかったとばかりに笑い声を上げ始めた。
その様子を見て、ユーリはわずかに眉をひそめる。
「どうした? 最後の策が破られて、気でもおかしくなったのか?」
『馬鹿を言うな、そんな訳がなかろう。ただただ魔物を斬り殺しただけで安堵する貴様が無様すぎて、思わず笑ってしまっただけだ』
「なに?」
魔神の意図が分からず、ユーリは思わず小首を傾げた。
救援を全滅させられて喜ぶなんて、コイツはドMだったりするのだろうか?
(だとしたら、恐ろしすぎる……!)
そんなユーリを見て、魔神はさらに笑みを深めた。
『……恐怖に震えるとは、貴様もようやく気付いたか?』
「ああ、思わず戦慄したよ」
『ククッ、そうだ、それでいい。魔物を殺したごときで、私の狙いを打ち崩せるなどとは思わない方がいい!』
――その叫び声と共に、魔神が纏う灰色のオーラがドッ! と膨れ上がった。
いち早くそれに反応したのは、背後にいるアリシアたちだった。
「なっ……どうしてこのタイミングで魔力の増加が!? この場にあなたが吸収できる魔物はいないはずです!」
想定外の事態に困惑するアリシアに対し、魔神は得意げに応える。
『ふむ、そうだな。貴様らにも礼代わりに教えてやろう。今、私の魔力が増したのは貴様らのおかげだ』
「ッ……どういう意味ですか?」
『先ほども説明しただろう? 今の私は知性を獲得しただけでなく、魔力や剣の扱いについても深い知見を得た。〈巨身体〉の時は触手を伸ばし直々に魔物を喰らう以外に吸収する術を持たなかったが……今はもう違う』
そう語りながら、魔神はトントンと片足で地面を叩く。
『この下には魔脈が通っている。そこに指令用の魔力を流すことで、私は周辺にいる魔物たちがここに来るよう語りかけた』
「え、ええ。ですがそれは、ユーリさんのおかげで無駄に終わって――」
『否、ここからが本命だ。いま言った通り、魔脈を用いれば魔力の受け渡しは簡単に行える。そして、核を失い消滅した魔物はその場に魔力を残留させる。ここまで言えば分かるな?』
「――――ッ!」
アリシアの脳内に、一つの答えが浮かび上がる。
魔神の語りぶりからして、まず間違いないだろう。
「……まさか、ユーリさんが倒した魔物たちが残した魔力を、魔脈経由で吸収したということですか!?」
『いかにも』
アリシアの言葉に、魔神はこくりと頷いた。
「マジかよ……」
「……びっくり」
「常識の範疇を超えてるわね」
セレス、モニカ、ティオの3人は魔神の底知れぬ力に対し、そう呟くことしかできなかった。
卓越した力、技術、知性を持ち、さらに際限なく成長する存在など、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女たちにとっても初めての経験だったからだ。
――しかし。
「なあ、前置きはその辺でいいか?」
この場にはただ一人、魔神の言葉に対し一切恐れず――否、
語っている内容が難しすぎて、ほとんど理解できていない人物がいた。
「とにかく、お前がちょっと強くなったってだけだろ? それくらいなら問題ない。さっさと決着をつけよう」
「……ユーリさん」
これだけ絶望的な状況になってもなお、毅然と振舞うその全てを見て、アリシアはその目を大きく見開いた。
ピンと伸びるユーリの背中が、彼女の目には輝いているようにすら見えた。
そんなユーリの態度に対し、魔神はこれ以上なく怒りを覚えた。
『貴様は……どこまでいこうと我を愚弄するのだな。その振る舞いを、地獄で後悔するがいい!!!!!』
「――――――」
魔脈から吸い上げる魔力量が加速し、灰色のオーラがユーリの闘気をも呑み込まんとばかりに膨れ上がる。
とはいえ、それだけなら大した脅威ではない。
身に余る量の魔力をただ外部に垂れ流しているだけだからだ。
しかし魔神は違った。
目の前にいる最強の剣士を倒すため、全ての魔力をその身に抑え込んでいく。
そして数秒後。
そこにはSランク魔物数百体分の魔力によって構成された、名実ともに最強の魔神が存在していた。
その身から繰り出される出力であれば、確かに神を殺すという発言も戯言ではなくなるだろう。
自分がかつてない高みへと至ったことを理解した魔神は、身体を支配する全能感と高揚感に任せるようにして、ユーリへと語りかけた。
『見るがいい、私の前に立ちはだかった愚か者よ! 今の私が誇る存在強度であれば、貴様の剣撃とて通ることはないだろう!』
「……そうかもな」
魔神の発言に、ユーリは小さく頷いた。
魔神の言葉は正しい。
このたった数秒の間に、魔神は驚くほどの勢いで進化した。
恐らくその実力は中級モンスターの領域まで届いているはず。
ユーリが持つ数多の剣術であっても、その魔力鎧を突破することは難しいだろう。
ならば、諦める?
(いいや――冗談じゃない)
唐突に訪れた成長の機会。
ここで逃げるなど、ユーリの信条に反していた。
そんな風に改めて覚悟を決めるユーリの考えを知ってか知らずか、魔神は手にしていたアリシアの長剣を横に放り投げ、両手を頭上で構えた。
直後、そこに灰色の魔力で構築された巨大な剣が出現した。
「剣を変えるのか」
『あの長剣は強度が低すぎる。私の力を十全に扱うためには、一から生み出してしまった方が手っ取り早いというものだ』
「……そうか」
対するユーリは、迷うことなく自分の持つ剣を高く掲げた。
それを最後の悪あがきとでも思ったのだろう。
魔神は勝利の確信を笑みに変え、その大剣を振り下ろした。
『喰らえ――【
そして放たれるは、絶大な魔力を孕んだ灰の閃光。
それは間違いなくユーリを、そして背後にいるアリシアたちを呑み込み消滅させられるだけの破壊力を有していた。
その閃光を前にし、ユーリは思考する。
今、自分が使える剣技の中で、この魔力に打ち勝てるものはない。
敗北は必死。それは変えようのない事実――――
――――などでは、決してない。
(そうだ、思い出せ)
閃光が迫りくる刹那の間に、ユーリは記憶を遡る。
確信があった。自分は既に、この力に勝る剣を振ったことがあると。
その答えにはすぐにたどり着けた。
それはユーリが【時空の狭間】で修行を始めてから1000年後――最後に振るった渾身の一振り。
あの時、ユーリはそのたった一振りを叶えるために果てしない時間を有した。
数日か、数ヵ月か、数年か――それすら分からなくなるほどの極限状態の中で振るった至高の刃。
それを今、このたった一瞬で再現してみせる。
「「「「ユーリ(さん)!」」」」
背中を押すようにかけられた呼び声が、ユーリの確信をさらに強化する。
不安はなかった。
異世界に降り立ってからユーリは、その短い期間で様々な経験を糧とした。
剣士としての技量は、もはや10日前と比べ物にならない。
だからこそ。
ユーリは迷うことなく、前に踏み込んだ。
そして音速を超え、光速すら凌駕する一振りを放つ。
「――――――【
抵抗はなかった。
ユーリの放った刃が閃光に触れたその刹那、存在概念ごと断ち切られたかのように光は霧散して消滅した。
『(馬鹿なっ! 私の最大の一撃が、物ともせず打ち破られるなど――)』
斬撃はなお、止まることなくまっすぐ突き進む。
そして、圧倒的な存在強度を誇る魔神に触れた。
――その瞬間、魔神は自身の死を悟った。
『(――ダメだ、これでは抵抗すら許されない! 万物を基底概念ごと消滅させる、超越者による絶対の一振り! 私は思い違えていた……私が超えるべき
それ以上、魔神の思考が紡がれることはなかった。
神速の刃に呑まれた魔神は、その身を構成する魔力ごと断ち切られ、存在そのものが消滅することとなったからだ。
結果、斬撃が通り過ぎた後、その場に残されたのは時空のゆがみ――すなわち、異空間へと繋がるゲートのみ。
ユーリの斬撃はあの時と同様、確かに次元をも斬り裂いた。
そして最後に。
ユーリ本人は自分の成し遂げた偉業を知る由もないまま、魔神がいなくなったことだけを確認し、アリシアたちに振り返る。
そして――
「終わったぞ」
――そう告げるのだった。
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