第36話 最強の剣士

 ユーリと魔神の戦闘が苛烈を極める一方――――



「いったい、何が起きて……それにユーリさん、あなたは本当に何者なんですか?」



 アリシアは呆然とした表情のまま、静かにそう呟いた。

 彼女にとって、目の前に広がる光景は自身の認識を大きく覆すものだったからだ。


 彼女が知っているユーリという存在は、剣技に優れ、『気配感知』に才がある。

 その代わり魔力を持たず、せいぜいDランクレベルの実力しか持たないただの冒険者――そのはずだった。


 だが、この光景は何だ?

 自分たちが手も足も出なかった相手に対し、ユーリは互角に渡り合うどころか完全に圧倒していた。

 敵はこの国を丸ごと滅ぼせるだけの力を持った魔神。

 そんな存在に魔力もなしで上回るなど、とても現実のことだとは思えない。


 そう思っているのはアリシアだけではなかったのだろう。

 そばにいるセレスとモニカもまた、ユーリと魔神の戦いを見ながら驚愕の表情を浮かべていた。


「おいおい、マジかよこれ……アタシは夢でも見てんのか?」


「……ううん、夢じゃない。ただ、ユーリが凄くすごいだけ」


 そう告げるモニカだったが、ユーリがここまでの実力を持っている理由については彼女も分からない様子だった。


 戸惑う3人にできるのは、ただじっとユーリの戦いを見つめることだけだった。




 ――――迫りくる千の刃を凌ぎ続けるユーリ。

 その姿を見た魔神が高らかに告げる。


『クハハ、どうした! ご自慢の技を再現されては、さすがの貴様も万事休すか!?』


 ユーリは魔神が放つ斬撃を凌ぐだけで防戦一方。

 ようやく自分の手番が回ってきたことに歓喜した魔神は、ユーリを嘲笑うかのような表情で剣を振り続けていた。


『(いける、いけるぞ! このまま斬撃を放ち続ければ、いずれ奴の守りも崩れるに違いない!)』


 一時的な攻防で圧倒されることがあったとしても、そもそも種族としてのポテンシャルが違う。

 パワー、スピード、そして継戦力。

 それら全てを合わせた総合力で自分が負ける道理などない。

 そう魔神は考えていた。


 ゆえに――


「いや、喜んでいるところ悪いが、この程度じゃ俺には届かないぞ」


『なんだと? 強がるのも大概にしろ――ハアッ!』


 ユーリの言葉に苛立ちを覚え、剣を振るう速度をさらに加速させる。

 斬撃の雨が、怒涛の勢いでユーリに降り注ぐ。


 しかしそれを前にして、ユーリは依然戸惑うこともなく――



「【めぐりの水解みずとけ】」



 ――突如として、斬撃の全てが弾き返された。


『なにっ!?』


 それはこれまでのように、ただ敵の攻撃を凌ぐための動きではない。

 明確な狙いを持って、斬撃の形を崩さずに跳ね返すというもの。

 ユーリの手によって反射した無数の斬撃は、衰えるばかりかその威力をさらに増し魔神に直撃した。


『ガハッ! き、貴様、いったい何を……』


 数多の斬撃に切り刻まれた魔神は、動揺しながらもそう問いかける。

 するとユーリは、至極当然といった様子で返した。


「見ての通り、斬撃を跳ね返しただけだ」


『跳ね返しただけだと? しかも威力を増して……? あり得ぬ、斬撃は刃とは違う。そのようなことが簡単にできるはずがない!』


「いや、できるよ。なにせ――」


 少し間を置いた後、ユーリは告げる。


「俺はずっと一人で修行していたからな。剣も一本しかないし、他人と切り結ぶようなこともできない。となると、自分の放った斬撃を跳ね返すのが一番効果的だろ?」


『な、何を言っている……?』


 言っている意味が分からない。

 一つだけはっきりしているのは、この存在がどこまでも規格外であるという事実。


 まずい。

 このままでは。

 今の自分のままでは足りない。


 直感的にそう理解した魔神は、ふとあることに気付いた。


『(なんだ? 先ほどまでは周辺にいる魔物たちがなぜか次々と消滅していたが、今はその気配がない。今なら、ヤツらをこの場に呼び私の糧にすることができる!)』


 そう閃いてからは早かった。

 魔神は魔脈を通じて周辺一帯に魔力を送り、魔物たちに対してこの場に来るよう指令を出した。


 すると、瞬く間に効果が出た。

 大小さまざまな魔物たちが、地響きを鳴らしながらこちらに迫ってくる。


 その事象に対し、真っ先に反応したのはアリシアだった。


「この音はまさか、魔物の行進? くっ、このタイミングで再開するなんて!」


 アリシアは思わず顔をしかめた。

 もし魔物たちがこの場に来たら、今度こそまずい。

 今はユーリが優勢に戦えているが、魔神はその特性上、魔力を喰らうことで際限なく強化される。

 そうなった場合、戦況が一気にひっくり返る恐れがあるのだ。


 何としてでも、無理をしてでも、その事態だけは防がなければ。


「せめてユーリさんの邪魔にならないよう、接近を遅らせなくては……セレス、モニカ、動けますか?」


 そう尋ねると、2人はきょとんと眼を見開いた後、ニッと笑った。


「マジか!? はんっ、うちのリーダー様は随分とスパルタだな……けどまあ、やれっていうならやってやるよ」


 セレスは大剣を支えに、傷だらけの体を起こした。

 骨も何本か折れているだろうが、体内で魔力と闘気を操ることで一時的に体を動かしているのだ。


「わかった。やる」


 体勢を整えるモニカ。

 モニカは魔術師であるため無理に立ち上がる必要はないが、詠唱や魔力を練りやすい体勢というものがあるのだ。


 両者、そしてアリシアの準備が整う。

 そして無理を承知で彼女たちが行動を移そうとして、次の瞬間だった。


 ドッ! と。

 圧倒的なオーラが、彼女たちの体を呑み込んだ。


「……え?」


「……は?」


「……わぉ」


 3人は戸惑いながら、そのオーラの発信源に視線を向ける。

 するとその中心にいた彼――ユーリは、剣を構えながら小さく告げた。




「【無音むおん風断かぜたち・じん】」




 刹那、その刃から放たれる無数の斬撃。

 それらは周囲の木々を潜り抜けるように加速し――この場を囲むように迫りくる魔物たちを次々と斬り裂いていった。


「……うそ」


 あまりにも衝撃的な光景。

 埒外な実力。

 恐らくは闘気と思われる圧倒的なオーラ。


 特筆すべき出来事は幾つもあったが、中でもアリシアが最も驚いた事象は、


 間違いない。

 この斬撃は間違いなく、アリシアたちの前でスカイドラゴンやワイリーデーモンを倒したものと同じ――


「アリシア!」


 その時だった。

 聞き慣れた声がアリシアの鼓膜を震わせる。

 ハッとした表情で振り返ると、彼女の視線の先には緑髪の少女――ティオがいた。


「ティオ! 無事だったんですね」


「それよりもアイツは……どうやら間に合ったみたいね」


 そう告げるティオの瞳には、ユーリの姿が映っていた。


「アイツとは、ユーリさんのことですよね?」


「ええ、私が助けを頼んだの。あの化物に勝つには、アイツの力が必要だと思って」


「そう言うということは、やはり……」


「そうよ。アイツのはもう見たのよね? あたしも最初は度肝を抜かされたけど、まず間違いないわ」


 アリシアとティオはこくりと頷いた後、確信を持って告げた。




「……彼が、私たちの探していた最強の剣士……!」

「アイツが、あたしたちの探していた最強の剣士よ」




 こうして、とうとう戦況は最終局面に入ろうとしているのだった。

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