第38話 ユーリの正体
俺――出水 悠里が放った渾身の一振りは、見事に神を名乗る灰色の不審者に直撃し、その身を消滅させることに成功した。
討伐成功だ。
(……紙一重だったな)
これまで戦ってきたモンスターたちと比べても、その実力は飛びぬけていた。
ランクが中級以上であることは間違いないだろう。
そんな相手をまさか1人で討伐できるとは……俺も成長したということか。
(いや、それだけじゃない)
そこで俺は大切なことを思い出した。
俺が不審者に勝てたのは、アイツがかなり弱っていたというのが大きい。
最大の貢献者は俺でなく、あそこまでアイツの力を削ってくれた【晴天の四象】の面々のはずだ。
というわけで、俺は感謝と労いの気持ちを込めてアリシアたちに一言こう告げる。
「終わったぞ」
緊張の糸が解けたからだろうか。
これまで強張った表情を浮かべていたアリシアたちは、合わせたようにほっと息をはいた。
「……本当に、終わったんですね」
「ああ、見ての通り」
そう返しながら、改めて4人の状態を確かめる。
全員かなり疲れている様子ではあるが、後に残る致命傷なんかを負った者はいなさそうだ。安心安心。
そんな風に胸を撫でおろしている俺の前で、アリシアはゆっくりと立ち上がると、真剣な表情でこちらを見た。
「ユーリさん、まずはお礼を。あなたのおかげで私たちは助かりました……本当にありがとうございます」
「ん? ああ、どういたしまして」
謙遜するのも変かと思ったため、素直にその言葉を俺は受け入れた。
だが、どうやらまだアリシアの要件は終わっていないようだった。
「ただ、その、何といいますか……あなたに訊きたいことが幾つかございます」
「訊きたいこと?」
なんだろう? さっき戦った中では、特に変なことはしていないはずだし……
はっ! もしかして技名のセンスについて突っ込まれたりするのだろうか?
個人的にはかなり気に入っているのだが、こちらの世界的にはダサかったりするのかもしれない。
もしそこを指摘されれば、精神的にかなりのダメージだ!
今すぐこの場から立ち去って逃げるべきか?
そう考える俺に対し、アリシアは手を自分の顎に当てながら、何かを考え込むようにブツブツと呟いていた。
「いったい、何から訊けばいいのでしょうか……? 名乗ることなく、これまでに二度も私たちを助けてくれた理由? それともこれまで自身の力を隠していた訳? いえ、そもそもどうやってあれだけの剣技を扱えるようになったのかについても気になります……」
「アリシア?」
「……はっ! 申し訳ありません、少し考え込んでしまったようで」
「それは大丈夫だが……」
「ふぅ。とりあえず、一つ目に訊くことは決めました」
そんなやり取りのあと、アリシアは改めて透き通るような青色の目でまっすぐに俺を見つめてくる。
そしてそのまま、艶のある桜色の唇を開く。
「ユーリさん、あなたは――」
しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
なぜなら――
「見、つ、け、ま、し、たーーーーーーーー!!!!」
――突如として、そんな大声量が周囲一帯に響き渡ったからだ。
突然聞こえた第三者の声に、この場の全員が驚愕することとなった。
「いきなり何だ!?」
「……うるさい」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ! 見て、ほらあそこ! さっきまで魔神がいた場所に生まれた歪みから、誰かが出てきて――」
ティオの言葉につられるように、俺はその場で振り返る。
そして見た。そこにいる一人の存在を。
この世のものとは思えない神々しさを纏う、銀色の長髪が特徴的な美少女。
間違いない。その姿を見たのは1000年ぶりだが、はっきりと覚えている。
彼女こそ、俺をこの異世界に転生させてくれた張本人――
「……アリスティア」
「「「「…………は?」」」」
その呼びかけに対し反応したのは、なぜかアリスティアではなくアリシアたち4人だった。
というかアリスティアとアリシアって名前の響きが似てるな。もしこの世界が物語の中なら、作者は特に何も考えず名付けしたに違いない。
閑話休題。
何はともあれ、どうしてこんなところに彼女がいるのか尋ねようとした、その直後だった。
「ユーリさん! とりあえず、早くこちらに来てください!」
「うおっ!?」
彼女の新雪のような白い手が、グッと俺の手首を掴む。
そして、その細腕のどこから出ているのかという力で俺を引っ張ってきた。
俺はなされるまま、彼女ごと空間のゆがみに吸い込まれることとなった。
ゆがみを通った後、俺を迎え入れてくれたのは見慣れた真っ白な空間。
……うん、何だ。未だに何が起きているのかは分からないが、とりあえずはっきりしていることは一つ。
俺はアリスティアによって、もう一度【時空の狭間】に連れてこられたのだった。
◇◆◇
――アリスティアによって、ユーリが【時空の狭間】に連れて行かれた一方(ちなみに、空間の歪み自体は二人が通ると同時に消滅している)。
残されたアリシアたち四人は、呆然とその場に立ち尽くしていた。
それほどまでに、今見た光景が衝撃的だったからだ。
そのまま1分ほどが経過した後。
アリシアはハッと、その場で我に返った。
そして他の3人に呼び掛ける。
「皆さん、しっかりしてください!」
「「「……はっ!」」」
アリシアと同じように我に返る3人。
とはいえ、まだ状況を呑み込めていないことにはかわらず、4人は怪訝そうな様子で顔を見合わせた。
「皆さん、今、ユーリさんがあの女性を何と呼んだか聞きましたか?」
「あ、ああ。間違いなく、アリスティア様って言ってたぞ」
「……未だに信じられないわ」
アリスティア。
その名はアリシアたちもよく知っていた。
それもそのはず。あの女神こそ、この世界を統べる最高神。
アリシアたちにとって、文字通り天の上の存在なのだ。
そんな存在がなぜ、わざわざユーリを迎えに来るのか。
もっと言えば、ユーリはアリスティアに対し敬称をつけることもなく親し気に呼びかけていた。
ただでさえ混乱気味だった頭にこれだけの情報を与えられとなれば、パンクするのも当然だった。
疑問が先行し、誰もが言葉を失う中。
次に声を上げたのはモニカだった。
「わたしは、全てわかった」
「モニカ!? 本当ですか!?」
「うん、間違いない。思えば最初から、ユーリは他の人と雰囲気が少し違った。その理由こそずばり――」
「「「ごくり」」」
3人が唾を飲み込む中、モニカは自信満々に告げた。
「――ユーリは、神だった!」
「「「……神ぃ?」」」
突拍子もない結論。
普段なら、誰もこの予想を信じようとはしなかっただろう。
だが、今は状況が違った。
「た、確かに、ユーリさんに神としての特別な事情があったとすれば、これまで実力や正体を隠していたことにも納得がいきます……」
「魔力抜きであれだけの剣技を扱えることにも説明がいくかもな」
「……なるほど。あたしたちにスキルを与えてくれるアリスティア様に匹敵する存在だったなら、『真偽看破』にも引っかからないはずよね」
ユーリと4人の間に存在していた幾つかのすれ違いが、ここに来て『ユーリ=神』という等式を成り立たせるための材料になってしまっていた。
一度前提を間違えて突き進んだ議論が、そう簡単に方向を正すことはない。
ユーリが神だとすれば、全ての疑問に説明がつく。
その一点で、アリシアたちはモニカの推測に賛同した。
「さすがですね、モニカ。突拍子もない発想だったため、私ではそこに考えが及ぶことはなかったでしょう」
「私は『碧の賢者』、この程度当然。ただ、もっと褒めてくれてもいい」
ふふんと、小さな胸を張るモニカ。
一から十までその予想が間違っていることを知る由もなく、四人はそれからもしばらく盛り上がり続けた。
そんな折、ふとアリシアは新たな疑問を抱いた。
「ユーリさんの正体が神だったことは分かりました。しかし私たちに正体がバレてしまった今、再びここに戻ってくることはあるのでしょうか……」
「それは……今のままじゃ、何とも言えないわね」
これまで実力や正体を隠していたということは、そうせざるを得ない理由があったということ。
それがアリシアたちにバレた結果、一生この世界を後にする可能性もあるはず。
もしくは、それこそアリスティアがユーリを呼びに来た理由なのかもしれない。
理屈としては十分に納得できる。
だが、彼女たちの感情はそうではなかった。
アリシアは歩を進め、自身の長剣を拾い上げた後、そのまま天を仰いだ。
(ユーリさん。まだあなたに伝えたいこと、話したいことが色々とあります。どうか許されるなら、もう一度……)
心の内で紡いだその言葉が、果たしてユーリに伝わっているのか。
それを知る術は、残念ながら今のアリシアにはなかった。
――――――――――――――――――――
次回、エピローグ。
どうぞお楽しみに!
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