第28話 飛んできた人影

 突如として俺の視界に飛び込んできた、黒い靄に包まれた巨人および、それと戦う【晴天の四象】のメンバーたち。

 その戦闘の苛烈さを想像した俺は、すぐさまこの場から離れることにした。


「いくぞ、犬」


『クゥゥゥ~ン』


 念のため、戦闘の余波に巻き込まれないように犬も連れて行く。

 ――はずだったのだが、その方針はすぐに破綻した。



『ガルルゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウ!』


『バウッ! バウッ!!!』


『キシャァァァァァアアアアア!』



 重なり合う、幾重もの魔物たちの鳴き声。

 まるで俺たちの行く手を阻むように、大量の魔物が姿を現した。


「……いや、違うな」


 『気配感知』を使ってみたところ、どうやら魔物がいるのはここだけではない。

 数十、いや数百の魔物たちが黒い靄の巨人に向かって進行していた。


「まさか、あの巨人が仲間を呼んでるのか?」


 そうとしか思えない動き。

 しかし、もしそうならアリシアたちが危ない。

 魔物たちのほとんどは俺でも倒せる程度の低級モンスターとはいえ、数が数だ。

 もし黒い靄の巨人と【晴天の四象】が拮抗しているようなら、外部からの介入でその均衡が崩れる可能性がある。


 悩んだ末、俺は一つの結論を出した。


「仕方ない、できるだけ削っておくか」


 黒い靄の巨人ならともかく、この程度の魔物なら俺でも問題なく倒せるだろう。

 懸念点があるとすれば、この場には犬がいるということ。

 戦いながら完全に守り切れるかは不明だ。


 というわけで、


「なあ、犬。できれば魔物たちに狙われないよう、その辺りで身を隠して――」


『ガゥゥゥゥッ!』


「――え?」


 その時、想定外の光景が視界に飛び込んできた。

 犬が俊敏な動きで魔物に襲い掛かったかと思えば、その勢いのまま鋭い牙で熊型の魔物の首を嚙み切ったのだ。


 それだけではない。

 倒れていく熊型の背中を足場とし、そのまま隣にいる魔物に飛び移ると、同じように牙や爪を使って次々と倒していった。


 俺はごくりと唾を呑み込む。


「お前、そんなに強かったのか……?」


 低級相手とはいえ、これだけ一方的に魔物を蹂躙するとは……

 ただの犬とは思えない奮迅ぶりだ。


 なぜこの犬がこれだけの力を持っているのか。

 その答えは一つしかないだろう。



「そうか……お前はただの犬じゃなく、だったんだな」



 間違いない。

 俺の直感が正しいと告げている。

 これからは敬意を込めて、犬ではなくイヌと呼ぶことにしよう。

 ランクアップだ


「っと、今はそんなことはどうでもよくて」


 とにかく、イヌには自衛できるだけの力があることは分かった。

 これなら俺も気にすることなく魔物の殲滅に集中できる。


「よし、やるか」


 『気配感知』の範囲を広げた俺は、そのまま小さく唱えた。



「【無音むおん風断かぜたち・じん】」



 昨日、街中に出現した魔物にも使った【無音むおん風断かぜたち】。

 その改良版――威力を落とす代わりに飛距離と斬撃数を増やした、対多数を想定した殲滅用の新必殺技だ。


 俺はここから届く範囲で、できる限り多くの魔物を斬り続けた。

 斬っても斬っても新しい個体が出現するため、最終的にその数は1000を超えていただろう。


 変化が訪れたのは、3分ほど経過したタイミングのことだった。


「……なんだ?」


 何やら不思議な気配を感じた俺は、その場でバッと振り返る。

 すると驚くことに、先ほどまで巨樹から上半身を覗かせていた巨人の姿がいなくなっていた。


「もしかして、アリシアたちが倒したのか?」


 まだ戦闘が始まってからそこまで時間が経っていないだろうに、さすがはSランクパーティー。

 大したもんだと改めて尊敬の念を抱いていた、その直後。



 俺の『気配感知』が、凄まじい速度で飛んでくるを捉えた。



 その人影は障害物が数多くある大森林の中だというのにもかかわらず、一直線に吹き飛んでいた。

 行く手を阻む樹木を全て貫いているのだろう。


 ――いや、違う。様子がおかしい。

 その人影から覇気を感じない。

 そう、まるで自分から飛んでいるのではなく、何かに吹き飛ばされたような――


「考えるのは後だ」


 嫌な予感がした俺はその場で力強く地面を蹴り、一息の間に人影へと接近した。

 そして、飛び込んできたを受け止める。


「マジか……」


 その少女の姿を見た俺は、驚きのあまり思わずそう声を漏らした。


 大森林の中にあってもひときわ輝く翡翠の髪に、少しだけ先の尖った耳。

 その手には真っ二つに折れた弓が握られており、さらに苦しそうに自らの腹部を押さえていた。


 その少女のことを俺はよく知っていた。


「ティオ、生きてるか?」


 その呼びかけに対し、ティオは虚ろな瞳でこちらを見る。



「……どうして、あんたがこんなところに……ごほっ」



 吐血していることからも分かるように、ティオは明らかに大ダメージを受けているようだった。

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