第27話 よし、決めたぞ



「そうだ、森に行こう!」



 アリシアたちとの最後の特訓日から翌日。

 俺――出水 悠里は『夕雲の宿』の自室でそう叫んでいた。


 これには幾つか理由がある。

 まず1つ目。ふと自分の荷物を確かめていたところ、ある物を見つけたからだ。

 金色に輝く石――俺が異世界にやってきた初日に出会った、白色の犬から友好の証にもらったものである。


 また時間ができたら会いに行こうと考えていたわけだが、ここ数日はアリシアたちとの特訓があったのと、筋肉痛が治りきっていないという事情もあり、大きく動くことはできなかった。


 しかし今日は予定がなく、体も絶好調。

 遊びに行くにはまさしく絶好の機会だ。


 そうと決まれば――


「よし、行くか!」


 俺は剣だけを手にし、犬と出会った森に向かうのだった。



 ◇◇◇



「ふんふふんふふ~ん」


 数時間後。

 俺は鼻歌を鳴らしながら、意気揚々と森の中を歩いていた。



『ガルゥゥゥゥ――ギャウン!?』


『バウゥッ! ――バウン!?』


『Kisyaaaaa――Gyau!?』



 その途中で襲い掛かってきた魔物は、核だけを正確に斬るという省エネの動きで全て倒していく。

 なんだかやけに数が多い気がするが、気のせいだろうか?


「あー、そういや少し前にウォルターが最近は森に魔物が多く出現するみたいなこと言ってたっけ?」


 もしかしたらその影響かもしれない。

 まあ、強くてもせいぜい前回戦ったスライムくらいの低級しか出てこないから大した問題はないんだけど。



 そんなことを考えながら歩いていると、とうとう目的地に到着した。

 森の中に突如として生える、ひと際巨大な大樹。

 前回はその大樹の洞から、この金色の石をもらったわけだが……


 あの時の犬は今どこにいるだろうか?

 『気配感知』を使って探そうとしたその時だった。


『クゥゥゥ~ン!』


「おっ、犬!」


 鳴き声がしたためそちらに視線を向けると、そこには艶のある白色の毛並みが特徴的な犬がいた。

 いた、のだが……


「……アレ? お前、そんなにサイズ大きかったっけ?」


 なんかめちゃくちゃ育っていた。

 前回は俺の腰より低いくらいの高さしかなかったが、今は胸元よりも高い。

 あれからまだ10日程度しか経ってないのに、こんなに成長することがあるのだろうか?


「それともまさか、あの時とは違う犬だったり……」


『バ、バウッ! バウバウッ!』


 しっかりと確かめるためにじっと観察しようとした途端、犬はその場で俺に向かって腹を見せながら鳴き声を上げた。


 おお、これは確か犬が見せる友好の証!

 間違いない、あの時の犬だ!


 サイズに関してはやっぱり大きくなっている気がするが、ここは異世界。

 まあ、そういうこともよくあるんだろう。


「そんなことより久しぶりの再会なんだ。遊ぶとするか!」


『ク、クゥゥゥ~ン!』


 俺の言葉が理解できたのか、犬は嬉しそうな鳴き声を上げるのだった。




 それから数十分ほど、俺と犬はじゃれあって遊んだ。

 が聞こえてきたのは、その最中のことだった。



『■■■■■■ォォォォォォ!』


「……なんだ?」



 とても人のものとは思えない叫び声が鼓膜を大きく振るわせた。

 声が幾重にも重なって聞こえることから、恐らく発信源は遠い。

 にもかかわらずこれだけの声量。いったいどんな化け物が叫んでいるんだと突っ込みたくなるくらいだ。


 その正体を探るべく声のした方向に視線を向ける。

 すると、すぐには見つかった。


 恐らく、ここからの距離は2キロほど。

 何やら黒い靄に包まれた巨人が、大樹の中から姿を見せていた。

 ここからだと正確には分からないが、少なくとも40メートルは超えている。


 あれも魔物の一種なのだろうか?

 俺が倒したスライムや、今日ここにくるまでに狩ってきた魔物とは明らかにオーラの格が違った。


『ク、クゥゥゥウウウン』


「犬?」


 その時、ふと犬が恐怖に打ち震えるかのように弱弱しい声を漏らした。

 どうやら犬はアレに恐れを感じているらしい。

 できることなら今すぐ倒して安心させてやりたいところだが、最も肝心なアレの強さが俺には分からない。

 果たして俺に倒せるレベルの存在なのだろうか?


 しかし、その直後だった。

 黒い巨人を観察する俺に目に、驚くような光景が飛び込んでくる。


 巨大な木々を飛び越えて、巨人に迫る2つの人影が見えたのだ。

 金と赤の長髪が目立つ彼女たちを、俺はよく知っていた。


「あれは……アリシアとセレスか?」


 間違いない。あの2人だ。

 そんなことを考えているうちに、続けて矢と魔術らしきものが下から巨人を襲う。

 おそらくティオとモニカによるものだろう。


「……状況がよく分からないが、とにかく【晴天の四象】の皆があの巨人と戦っているみたいだな」

 

 しかし、あれだけ攻撃を浴びせているにもかかわらず巨人が倒れる気配はない。

 心なしか、たびたび視界に映るアリシアたちの表情も険しい。

 どうやらあの巨人は、Sランクパーティーのアリシアたちでも手を焼くほどの敵みたいだ。


 ……マジかよ、とんだ怪物じゃねえか。


「うおっ! ……こんなところにまで衝撃がくるのかよ」


 そんなことを考えていると、巨人の攻撃による衝撃でここまで揺れ始めた。

 まさしく規格外の破壊力を持った怪物と、今もアリシアたちは戦っているのだ。

 きっと猫の手でも借りたい状況に違いない。

 そんな中で俺にできることは何か。

 必死に考えた末、一つの答えにたどり着く。


「よし、決めたぞ」


『クゥン?』


 そして俺は、迷うことなく全力で告げた。



「今すぐここから、全力で逃げよう!」



 ……えっ? アリシアたちの援護にいかないのかって?

 いやいや無理無理。Sランクパーティーが苦戦してるところに俺がいっても足手まといが精々だろう。

 それは巻き込まれない範囲に逃げた方がよっぽどマシだろう。


 とまあそんなわけで、俺と犬はすぐさま避難を開始したのだった――

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