第12話 闘気纏う剣士

 再生したケイオススライムと、静かに剣を構えるユーリ。

 向かい合う両者の間に、厳かな空気が流れる。

 ――そんな中、先に動いたのはケイオススライムだった。


『■■■■ォォォオオオオオ!』


 ケイオススライムの体から、複数の触手が伸びていく。

 先ほどに比べて速度は落ちているが、代わりに数が多い。

 速さでは敵わないと見て、手数で攻める方針に切り替えたようだった。


 しかし――


「遅いな」


『■■■■ッッッ!?!?!?』


 ユーリが剣を一振りするだけで、全ての触手が断ち切られる。

 どういう原理かは不明だが、ユーリは一瞬で複数の剣撃を放てるようだ。


(……いったい、どうなっているんだ?)


 外野からその光景を眺めることしかできないウォルターは、せめて瞬き一つせずその攻防を見続けていた。

 だが、全く理解できない。

 両者の戦闘は、ウォルターの知るを明らかに超越していた。


 ただ、それでも分かることは一つ。

 ケイオススライムが死力を尽くして繰り出す触手の数々は、一本すらユーリには届いていないという事実だけだった。


(――明らかに格が違う!)


 そう確信するウォルター。

 外から眺めているだけの彼でも、それは明らかに見て取れる。

 ましてや、その怪物を真正面から迎え撃っているケイオススライムにもなると、果たしてその心境はどうなるのか――


 その答えは、ケイオススライムの次の行動が証明することとなった。


『……■■■■ァァァアアアアア!』


 咆哮と共に触手を伸ばすケイオススライム。

 だが、先ほどまでと異なる点があった。

 触手の色が赤や黄など、漆黒とは異なる多種多様な色に変化しているのだ。


(あれはまさか!)


 獲得した能力の行使。

 そうウォルターは理解した。

 ケイオススライムはこれまでに吸収してきた魔物の能力を扱うことができる。

 それらの能力を、それぞれの触手に内包させているのだろう。


 その推測は正しかった。

 ユーリのもとに届く直前、それぞれの触手は大きく姿を変容させる。

 1本は苛烈な炎に、1本は迸る雷撃に、1本は硬質な槍に。

 属性を変えた怒涛の連撃が四方八方からユーリに襲い掛かった。


「――――――ッ!」


 突然の出来事に目を見開きながらも、変わらず全てを斬り落とすユーリ。

 だが、ケイオススライムの真の狙いはここからだった。

 触手に衝撃を入れられることをスイッチとしていたかのように、連鎖爆撃が巻き起こる。

 一撃でAランク魔物を葬ることも可能であろう爆発が、軽く10回以上。

 その爆撃にユーリは呑み込まれた。

 吹き荒れる爆風によって、瞬く間に彼の姿が隠されてしまう。


 その光景を見たウォルターは、思わず顔をしかめた。


(まずいぞ! いくらユーリが剣術に優れていようと、ケイオススライムが持つ無数の手段で攻められてしまえば対応しきれない!)


 しかも彼の場合、魔力を持っていない。

 魔力を持っていない中でどうしてあれだけの動きができるのかは不明だが、ウォルターの魔力感知に引っかかっていない以上、それ自体は事実のはず。

 魔力がないということは、すなわり魔力耐性も劣っているということ。

 これだけの魔力爆撃を浴びれば、さすがのユーリともいえ――


「おい」



 ――その声はなぜか、から聞こえた。



「どこを見ている」


『■■■■――ッ!?!?!?』


 刹那、上空から落ちてくる無数の斬撃。

 それらは容赦なくケイオススライムに降り注ぎ、その体を数十の破片へと変えた。


「とりあえず、テキトーに50回くらい斬ってみたけど……」


「…………」


 いったい何が起きているのか。

 呆然と立ち尽くすウォルターの前に、悠々と着地するユーリ。

 彼の視線は、当たり前のように再生を始めるケイオススライムに向けられていた。


「やっぱり、この程度じゃ死なないのか。厄介だな、再生能力って」


 その様子を冷静に観察するユーリ。

 対して、背後に控えるウォルターは「はっ」と現実に戻ってくる。


(そうだ。いくらユーリが強かったとしても、相手はケイオススライム。スライム種はただでさえ物理攻撃に耐性があるのに加え、この個体は特に再生能力に秀でている。完全に消滅させるには大規模魔術が必要だが、ユーリは魔力を持っていない。そもそもの相性が最悪すぎる……)


 この調子で戦闘が進めば、負けることはないが勝つこともできない。

 そしてそのまま時間が経過すれば、徐々に再生能力を持つケイオススライムが優勢になるだろう。

 押しているところ悔しいが、ここはやはり撤退するのが一番だ。


 そう提言しようとするウォルター。

 しかし直後、彼は動きを止めることとなった。


「まあいい、それならそれでやりようがある」


 ユーリは小さく笑いながら、眼前にたたずむ不死身の敵を見据える。

 そして、威風堂々と告げた。



「そろそろ、本気でいくぞ」



『■■■■ッッッ!?』「なっ!?!?!?」


 を前にし、戸惑いの声を上げたのはケイオススライムだけでなくウォルターもだった。


 なぜウォルターが驚いたのか。

 ユーリの発言から、彼がここまで本気を出していなかったことを知ったから?

 それもあるが、一番の理由は違う。

 ユーリが纏う――否、彼の身から漏れ出すに圧倒されたからだ。


 そのオーラを形成するのは、魔力とはまた異なる概念によるもの。

 それについて、ウォルターは知っていた。


(あれはまさか……か!?)


 【闘気とうき】。

 魔力とは異なる概念。

 そのエネルギーは体の内側から生じ、身体強化に長けている。

 反面、魔術のような別の現象に変換することはできず、さらに身体強化自体は魔力でも可能。

 これらの理由から、一部の猛者を除いて使い手は非常に少ない。


 加えて、闘気には一つの特徴がある。

 基本的に体の内部でしか使用できず、外部に放出することはできないのだ。

 極稀に――たとえば、50年間武術だけを鍛えた達人であれば体の一部を薄い闘気で纏うことができるとされているが、精々がその程度でしかない。

 体全体を闘気で覆える者の話すら、これまでに聞いたことがなかった。



 しかし今。

 目の前にいるユーリは自身のみならず、巨大なオーラを纏っていた。

 明らかに桁が違う。



(ユーリ、お前はいったい……!)


 あまりにも常軌を逸した状況。

 齢20にも達していないであろう若者が至れる境地ではない。

 その光景を前にウォルターは改めて、ユーリが異次元の存在であると理解した。

 確かにこれだけの闘気を使えるのであれば、今までの動きも納得だ。


 そんな自分の異常性をちゃんと分かっているのか。

 ユーリは散歩に出かけるがごとく軽い足取りで、一歩前に踏み出す。


「いくぞ」


 


(いや――違う!)


 何かが空を駆ける音や、斬撃音が次々と鳴り響いていく。

 今、ユーリは目にも止まらぬ速度で移動しながら剣を振るっているのだ。


『■■ッ、■■■■ォォォオオオオオ!』


 ユーリの姿を見失ったケイオススライムが数十の触手を振るい始める。

 狙いがあるわけではない。無秩序に振るうことで、なんとか周囲にいるであろうユーリに当たることを狙っているのだ。


「――――ッ!」


 そして運が悪いことに、そのうちの一本がウォルターめがけて飛んできて――


「……え?」


 ――ウォルターを貫く直前、突如として斬り飛ばされた。


(ユーリが守ってくれたのか? ……いや)


 そこでウォルターは気付いた。

 この現象が起きているのはここだけではない。

 ケイオススライムが放った触手のうち、ある一定の距離に達したものが全て、例外なく斬り飛ばされていたのだ。


 ただ、ウォルターに理解できたのはそこまで。

 彼はただ呆然と、その後に待ち受ける結末を見届けるのだった――





(うん、上手くいってるな)


 ――その一方。

 今なお、大気を蹴り加速しながら剣を振るうユーリは、自分の狙いがうまくいっている光景を見て小さく微笑んだ。


 とはいえ、そう大したことはしていない(とユーリは思っている)。

 ユーリはまず、秒間1000回に及ぶ斬撃によって、ケイオススライムを中心とした直径20メートルの


 言い換えるなら、それは斬撃の結界。

 ケイオススライムはその内部へと閉じ込められ、外に触手を伸ばそうとしても数多の置き斬撃によって一瞬で切り刻まれてしまう。

 斬撃は何重にもなっているため、破片の一つとして外側に逃れることはできない。


 ユーリがこの作戦を選んだ理由は至極単純。

 いくら目の前のスライムが再生に秀でているとはいえ、再生には元の体がある程度必要のはずだ。

 最低限必要なサイズがどれくらいかは分からないが――とにかく、存在がなくなるまで木っ端微塵に切り刻んでやればいい。


「さあ、仕上げといこう」

 

 狙い通り斬撃が結界の役割を果たしていることを確認したユーリは、徐々にその範囲を狭めていった。

 15メートル、12メートル、10メートルと――

 少しずつ、斬撃の結界がケイオススライムに迫っていく。


『■■■■ォォォォッ!?!?!?』


 異変を感じ触手の数を増やすケイオススライムだが、既に手遅れ。

 その全てが瞬く間に消滅するも、他の手段を持ちえない敵はさらに多くの触手を生み出して活路を見出そうとする。

 その速度は再生のそれを超え、ケイオススライムの体は恐ろしい速度で縮小していった。


 初遭遇時の異質な姿へどこへやら。

 今はただ矮小な獲物へと成り下がったその身に、とうとう無限の凶刃が至る。


 直径1メートルの球体。

 その内側に、秒間1000回の剣撃を浴びせ続ける奥義。

 名を――



「【千刃せんじんたわむれ】」



 そこから数十秒間、世界から斬撃以外の音が消えた。

 球体内で無数の斬撃が渦巻き、その全てがただ一体の魔物に牙を向く。

 ケイオススライムが再生に必要とする質量はほんの1g。

 その100分の1の質量になるまで分断してもなお猛攻は止まることを知らず、10000を超える剣閃が瞬き続けた。


 最終的に、全てが終わるまでにかかった時間は約30秒ほど。

 全ての斬撃が鳴り止んだ時、そこには何も残されていなかった。

 断末魔の叫びすら許されることなく、ケイオススライムは消滅したのだ。


 その結果を見届けたユーリは、満足気に大きく頷く。


「よし、完全勝利だな」


 かくして、ユーリが異世界に来てから初めてとなるモンスターとの戦闘(と本人は思っている)は、完膚なきまでの勝利で幕を閉じるのだった。



――――――――――――――――――――


今回はかなり長くなってしまいましたが(約2話分)、内容的に2話に分けると読み味が微妙になる気がしたのでまとめて投稿させていただきました。

楽しんでいただけたなら幸いです!

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