第11話 ケイオススライム



(まずいぞ! コイツは……ただのスライムじゃない!)



 冒険者の町『グラントリー』を拠点に活動するCランク冒険者ウォルター。

 彼は現在、眼前に広がる光景に思わず言葉を失っていた。


 スライムは通常、人の膝ほどの高さしかないEランクの魔物。

 物理攻撃に耐性を持つという特徴はあるものの、正しい手段を用いれば新人冒険者でも簡単に倒せるような相手だ。


 しかし、スライムの中には稀に強力な個体が出現することがある。

 『吸収』のスキルを有して生まれてくるその個体は、周囲の魔物を呑み込み、能力を獲得しながら際限なく無秩序に成長していく。

 その特性から、通称として【ケイオススライム】と呼ばれている。


 問題はその成長段階。

 スキルを有する特殊個体とはいえ、生まれて間もなければ大した脅威ではない。

 本当の脅威となるのは、その個体が魔物を取り込み始めてからだ。


 その個体がどれだけの魔物を取り込んだか、確認する方法が一つある。

 ケイオススライムはこれまでに取り込んだ魔物が多ければ多いほど、その身を深い黒に染め上げていく。

 そのため、一目見ればすぐに強さが分かるのだ。



 ――そして現在。

 目の前にいるケイオススライムの体は、紛うことなき漆黒だった。



 自分が置かれている状況を完全に理解したウォルターが、険しい表情を浮かべる。


(この個体はまずい! 体格、色、そして内側からあふれ出る圧倒的な魔力量! Cランクの俺に敵う相手じゃない。BランクどころかAランク、いや――)


「この魔物はまさか……」


 ――Sランクにすら達するのではないか。

 そんな考えが脳裏を過る。

 仮にそれが正しければ、ここら一帯でこの個体と戦える存在など、Sランクパーティー【晴天の四象】を除いて他にいない。


(くそっ! なんでこんな強力な個体がこんな場所にいるんだ!?)


 分からないが、いま自分にできる選択は一つしかない。

 いかにして、この化物から逃げ切るか。

 しかも、ここには自分以外の冒険者が一人いる。


「ユーリ、まずい! ここはいったん引くぞ!」


 ウォルターは全力で、目の前にいる新人冒険者に声をかけた。

 驚くことに彼が戸惑っている様子はない。

 だが、それは決してポジティブな要素などではない。

 彼は魔物との戦闘経験がない。それゆえ、この状況のまずさがまだ把握できていないのだ。


 ユーリをこの場に連れてきたのは自分。

 この命に代えてでも、彼を生還させなければ。

 そう決意するウォルターに返ってきたユーリの言葉は、あまりにも予想外なものだった。


「大丈夫だウォルター! 俺を信じて、そこで見ていてくれ!」


「なっ!? お前、何を言って――」


 ユーリは最後まで聞き届けることなく前に突き進む。

 その光景を見て、ウォルターは目を見開いた。


 ――――戦う気か!? 無謀にも程がある!


 ここでその選択ができるのは、新人特有の豪胆さゆえだろう。

 だが、それはただの愚行であり慢心だ。

 何もできず、戦死するだけに決まっている!


「待て――」


『■■■■ォォォオオオオオ!』


「――くっ!」


 必死に止めようとするウォルターだったが、ケイオススライムのこの世のものとは思えない異端な叫び声が彼の言葉をかき消す。


 それだけではない。

 自身の咆哮に合わせ、ケイオススライムの体がぐにゃりと大きくゆがむ。

 直後、ケイオススライムの左右から2つのが飛び出してきた。


(なんだ!?)


 ウォルターの動体視力では捉えきれない程の速度。

 明らかに音速を超えている。

 それでもかろうじて、魔力探知によって何が起きているのかを把握する。

 腕――いや、触手だ。

 ケイオススライムは自身の体を変形させ、2本の触手をユーリめがけて伸ばした。

 その命を刈り取るために。


 警戒を呼びかけようにも、もうそれが間に合うタイミングではない。

 ウォルターの目の前で、ユーリの体は呆気なく蹂躙される――






「………………は?」






 ――そう思っていたからこそ、理解できなかった。

 次の瞬間、彼の目に飛び込んできたその光景を。


 まず、宙に

 それは2つあった。

 ぽとぽとっと、音を立ててウォルターの前に落ちてくる。

 その正体はケイオススライムから触手だった。


「…………え?」


 遅れて、斬撃音のようなものが聞こえた。

 3つ聞こえて、そのうち1つは特段大きい。

 慌てて視線を上げると、そこには真っ二つに両断されたケイオススライムがいた。

 その奥には剣を振り切った体勢のユーリが見える。


 数秒間、呆然と立ち尽くしたのち、ウォルターは理解する。

 というよりは、状況からそう判断するしかなかった。

 それは彼にとってあまりにも信じ難い結論。


 つまるところ、単純な話。

 今の一瞬で、ユーリはウォルターが視認すらできなかった2本の触手を斬り飛ばし、その上でケイオススライムに一撃を浴びせたのだ。


(いや、待て待て待て! 自分で言ってて訳が分からない! ていうか何で、触手が落ちる音より斬撃音の方が後に聞こえるんだ!?)


 混乱のあまり、幻覚でも見せられているのかと疑い始めるウォルター。

 そんな彼の前では、今でも緊迫の空気が流れており――


『■■■■■■ァァァアアアアア!』


 真っ二つになったはずのケイオススライムの体が合わさり、瞬く間に一つの塊へと戻っていく。

 それを見たユーリは「ふむ」と頷いた。


「ただ斬っただけでは死なないみたいだな……まあ、スライムだし再生能力があるとか、そういう感じかな。あるある」


 そう呟いた後、ユーリはニヤリと笑みを浮かべ――




「ちょうどいい、初戦闘が一撃で終わったら拍子抜けだからな。低級モンスターだろうが関係ない。俺の1000年間の研鑽の証、その身に刻み込ませてもらうぞ」




 自信でも、ましてや慢心でもない。

 ただ当たり前の事実を告げるかのように、蹂躙宣言を行うのだった。



――――――――――――――――――――


次回のあらすじ:ウォルターさん、いっぱい驚く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る