第10話 初めてモンスターと遭遇しました

 Cランク冒険者ウォルター。

 ギルドで話しかけられたときは面倒な相手に絡まれたと思ってしまったが、実際は新人想いの親切な人物のようだった。


 先ほどまで疑っていた自分が恥ずかしくなる。


「すみませんウォルターさん、ちょっと勘違いしてしまっていたみたいで……」


「どうした急に。それより冒険者同士で敬語はいらん。先ほどまでのように普通に話してくれていい」


「……分かった。ありがとうウォルター、おかげで色々と助かったよ」


 お礼を言うと、ウォルターは仏頂面のまま「ふん」と顔をそらす。


「何やらお前が訳ありなのは、見てすぐに分かったからな。今後も分からないことがあれば、俺や他の先輩に聞いてこい」


 相変わらず態度のキツさと言葉の優しさが一貫していないが、それがウォルターの特徴なんだろう。

 そのことさえ分かれば、これまでの彼の発言が全て俺を想ってくれてのものだったと理解できる。


 それらの状況を把握し、俺はほっと胸を撫でおろした。


(いや~、先輩冒険者に絡まれた時はどうしたもんかと思ったが、杞憂に終わって一安心だな)


 というのもだ。

 これが創作物なら、最強の力を持った主人公がかっこよく返り討ちにするだろう。


 けれどこれは現実で、俺にそんな力はない。

 もし戦闘になっていたら、ボロボロにやられてしまっていたところだ。


 改めて心の中で感謝を告げる俺に向かって、ウォルターは告げる。


「それじゃ、完全に日が落ちる前に戻るぞ」


「ああ」


 その提案に頷いた俺は、ウォルターと共に森の出口を目指した。


 しかし、そのほんの数分後。

 まだ森の中を歩いている途中で、俺はに気付いた。


 ガサガサガサと。

 木々が揺れる音が徐々に大きくなっていく。

 ついで、ズズズと何か重たい物が地を這うような揺れ。

 間違いなく何かが近づいてきていた。


「ウォルター、この音って」


「どうやら魔物が近づいてきているみたいだな……ふむ」


 ウォルターは何かを考え込むような素振りを見せた後、俺に視線を向ける。


「ユーリ、お前が戦ってみるか?」


「いいのか?」


「ああ。この付近に出現する魔物はせいぜいD~E止まり。魔物との実戦経験を積むにはちょうどいい相手のはずだ。それにここでなら、もしもの時は俺が代わってやれるからな」


「……分かった、やってみるよ」


 ウォルターの提案に対し、俺はこくりと頷いた。

 腰から剣を抜き、周囲を警戒する。


 その直後、気を図ったかのように木々の隙間からは現れた。



『■■■■シュゥゥゥー!』


「コイツは……」 



 それは、一言で表現するならスライムだった。

 ただし普段スライムと聞いて想像するような可愛らしいそれではない。

 高さは約3メートル、色は下水を煮詰めたかのような濁った黒色。

 全身がぐにゅぐにゅとしており、一定の形を保たないまま近づいてくる様は、まるでホラー映画の得体の知れない怪物を彷彿とさせた。


 俺の額から、じわりと汗が流れ落ちる。

 そして自然と沸き上がった感想を口に出した。



「これが……異世界の低級モンスターか!」



 ウォルターは先ほど、この辺りにはゴブリンやスライムなど、新人冒険者が問題なく倒せる魔物しか出現しないと言っていた。

 そのため、見た目からして弱そうな魔物が出てくるとばかり思っていた。

 しかし現実は違った。これまでに戦ったただの犬や鳥とは違う。

 明らかに俺を殺しえる力を内包した化物だ。

 

(これは想定外だったな。まさかこの世界のモンスターが、低級でもこれだけの力を持っていたとは……)


 だけど、これでようやく腑に落ちた。

 アリスティアが1000年間、俺を【時空の狭間】から連れ戻さなかった理由。

 実はただ忘れられていたり、イレギュラーがあったんじゃないかとも思ったが、女神がそんな馬鹿みたいな失敗をするはずがなかった。

 俺がこのクラスの魔物と戦えるようになるまで、じっと待ち続けてくれていたんだろう。


「……いいな、滾ってきた」


 俺が異世界に来てから初めてとなる魔物との戦闘。

 一歩間違えば死ぬこの状況において、俺が感じたのは恐怖でなかった。

 1000年間ただ一人で鍛え上げてきた剣技の数々をようやく発揮できるという喜びだけが、この胸中を埋め尽くす。


「この魔物はまさか……ユーリ、まずい! ここはいったん引くぞ!」


 後ろでは、ウォルターが大声で何かを叫んでいる。

 もしかしたら初心者が相手するには、厄介な魔物だったりするのだろうか?


 けれど問題ない。


「大丈夫だウォルター! 俺を信じて、そこで見ていてくれ!」


「なっ!? お前、何を言って――」


 初めての魔物討伐は自分一人の手で成し遂げたい。

 そのため俺が危険な目にあっても、ウォルターには手を出さないでほしい。

 Cランクの彼の手にかかれば、この程度の相手一瞬で倒せるだろうし。


 そんな意図を込めた言葉を最後に残し、俺はグッと前にへと駆け出す。



 こうして異世界で初めてとなる、魔物モンスターとの戦闘が幕を開くのだった。

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