第9話 先輩冒険者に絡まれてみた

 魔力がないことを正直に告げたところ、受付嬢リサは想定をはるかに上回るリアクションを見せた。

 彼女の声はギルド全体に響き渡り、一斉に視線が向けられる。



「おい、聞こえたか? 今、魔力がないって……」


「そんなヤツがいるのか? てか仮にそれが本当だとして、魔力もなしにどうやって冒険者をやるつもりなんだか」


「はっ、自殺志願者かなんかだろ。放っとけ放っとけ」



 リサや彼らの反応を見るに、魔力を持っていない俺という存在はそれほどまでに稀有らしい。

 想定はしていたつもりだったが、認識を少し改める必要がありそうだ。


 そんな風に周囲を見渡しながら考えていると、ふとリサの顔が真っ青になっていることに気付いた。

 いったいどうしたのだろうか?


「ユ、ユーリさん、申し訳ありません。驚きのあまり、つい周囲に聞こえるほどの声で叫んでしまって……」


 ああ、そのことを気にしていたのか。

 俺は首を左右に振って返した。


「気にしなくていい。俺の認識も少し甘かったからな」


「しかし――」


「――それよりも、魔力のない俺は冒険者になれないのか?」


 周囲の視線なんかよりも、俺の興味はその部分に向けられていた。

 冒険者に慣れなければ、また他に金を稼ぐ手段を探さなくてはならなくなる。


「しょ、少々お待ちください! ギルドマスターに確認してきます!」


 サラがそう言って立ち去ってから約10分後。

 彼女は息を切らしながら帰ってきた。


「お待たせしました! 結論ですが、ひとまず冒険者登録自体は問題ありません!」


「本当か?」


「はい。ただし幾つか制限がかかることになりまして……」


 そんな前置きの後、リサはその制限について説明してくれた。

 冒険者カードというのは、様々な用途で使用される。

 魔物モンスターを討伐した際はそのデータが自動的に記録されたり、町を超えても登録された魔力によって身分を証明できたりする。

 それらの便利な機能が俺は使えないらしい。


「ですのでユーリさんの場合、魔物を倒した際は討伐証明部位を持っていただく必要がある他、身分証明の問題からこの町限定での活動許可となってしまうのですが……大丈夫でしょうか?」


「……ふむ」


 この町を離れたら冒険者カードが使えなくなってしまうのは残念だが、しばらくは拠点を変えるつもりはない。

 大した問題にはならないだろう。

 どころか、この程度の制限で済んでホッとしているくらいだ。


「それでお願いします」


「かしこまりました。それではこちらの冒険者カードをお受け取りください」


 そして俺は今度こそサラからカードを受け取った。

 これでようやく俺も冒険者の一員だ。

 達成感から自然と笑みが零れる。


「ありがとうございました。それじゃ」


「はい! 色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。受けたい依頼などがありましたらまたお越しください」


 俺はサラに別れの挨拶をすると、依頼が張られた掲示板に向かう――前に、休憩スペースの椅子に腰かけた。

 異世界に来てからここまで動きっぱなしだったからな。


 ようやく一息付けたことに安堵する俺だったが――


「……………………」


 ――先ほどから、数え切れないほどの視線を感じる。

 その多くに、魔力を持たない俺を小馬鹿にするような意図があった。

 さすがにここまで数が多いと少々気に障る。


「はあ」


 ため息をつきながら、どうしたものかと考えている最中。


 コツ、コツ、コツと。

 まっすぐこちらに向かってきている足音に気付いた。


 その足音は俺の前でピタッと止まる。


「おい、そこのお前。魔力を持っていないというのは本当か?」


 ……どうやら、俺に用事があるようだ。

 顔を上げ、話しかけてきた相手を確認する。


 年齢は20代後半くらいだろうか。

 冒険者として経験を積んできたことが一目でわかる体格をしたその男は、険のある表情でこちらを見下ろしていた。

 無言のまま、じっとこちらの返答を待っている。


 すると、そんな俺たちを見て周囲がざわざわと賑わいだした。



「おい、いつものが始まったぞ」


「ああ、ウォルターの新人絡みだ」


「ウォルターはCランクの実力者。アイツに絡まれた者は決まって最後には――」



 大雑把にだが、周囲の反応からだいたいを察することができた。


(つまるところ、異世界ものなんかでよくある絡まれイベントか)


 どうやら、この男――ウォルターにとって俺は気に食わなかったらしい。

 話しかけられた内容からして、魔力がないことが原因だろうか?


 まあ、一人でとやかく考えたところで答えは出ない。

 俺はまっすぐウォルターに視線をぶつけた。


「ああ、そうだけど」


「…………」


 せっかく返事をしたにもかかわらず、ウォルターは怪訝そうな表情を浮かべた後、俺の腰元にある剣に視線をやる。


「剣を持っているようだが、腕には自信があるのか? 過去の討伐実績は?」


「最低限の実力はあると思う。まあ、まだ魔物と戦ったことはないんだけど。そもそもこの町に来たのもついさっきだし」


「……なに?」


 森で出会った犬や鳥には勝てたけど、それを言っても仕方ないし……


 そんなことを考えていると、ウォルターは「はあ」と大きくため息をついた。


「これは呆れたな。魔力がないだけでは飽き足らず、実戦経験すら伴っていない状態で冒険者になったということか。にもかかわらず、自身に力があると妄信しているとは……どうやら実力以前に、足りていないものが山ほどあるようだな」


 そこまでを言いきった後、ウォルターは俺に向かって真剣な表情で言った。



「立て。お前のような者はこのギルドにふさわしくない。冒険者がどういう存在なのか、俺がその身に叩きこんでやる」



 ◇◇◇



 町の某鍛冶屋屋にて。


「ここは新人向けの鍛冶屋だ。戦闘に慣れない最初のうちは武器の消耗も激しい。だが、ここなら安価で頑丈な物が揃っているし、自前の武器の研磨もしてくれる。新人の頃には特に重宝するはずだ」



 町から少し離れたところにある草原にて。


「ここは薬草の群生地だ。自分で使うように採取するのはもちろん、ギルドに持ち帰れば買取もしてくれる。新人の頃ならいい稼ぎになるだろう。ただ、ここを頼りにしているのは他の者たちも同じ。取りつくさないようにだけは気をつけろ」



 町の近くにある――というか、俺が先ほどまでいた森の入り口付近。


「ここは【デッドリーの大森林】といって、奥に行くと強力な魔物が数多く生息しているが、入り口付近ならそう大したことはない。ゴブリンやスライムなど、新人冒険者でも問題なく倒せる魔物ばかりが出てくる。とはいえ、初めのうちは安全を考慮しパーティーを組むことを推奨するがな……おっと、もうこんな時間か」

 

 ウォルターは、沈みつつある太陽に視線を向けながら深く息をつく。


「まあ、今日のところで教えられる知識はこのくらいだ。もっとも、これでも初歩中の初歩でしかない。魔力も実戦経験もない身で冒険者をやるからにはそれなりの事情があるんだろうが、知識だけは絶対におろそかにするな。分かったな? ……おい、聞いているのかユーリ?」


「……め」


「め?」



 めちゃくちゃいい人だったぁああああ!!!

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