第2話 ひたすら剣を振り続けてみた

 アリスティアが用意してくれた空間の歪みを抜けると、そこには見渡す限り一面真っ白な空間が広がっていた。


「ここが【時空の狭間】か……」


 アリスティアの説明によると、この空間では年を取らない。

 さらに食事なども必要ないため、本人が満足するまで滞在することが可能だという。


 とはいえ孤独感や退屈まで誤魔化すことはできないようで、過去に足を踏み入れた経験者のほとんどが一か月前後でここを後にしたのだとか。

 確かに、こんな何もない場所に数ヵ月も滞在するのは精神的にきつそうだ。


「できるだけ早くここを出られるよう、さっさと低級モンスターに勝てるだけの実力をつけなくちゃな」


 俺は改めて気合を入れると、さっそく修行を開始することにした。

 ひとまず、アリスティアから貰った剣を上段に構えてみる。


「こんな感じでいいのか? 死ぬ前は選択体育の剣道で竹刀を握ったくらいの経験しかないから、かなり不安なんだが……」 


 一抹の不安はあるが、ものは試しだ。

 前世の記憶に従うまま、俺は剣を振るい始めるのだった――



 ◇◇◇



 1か月が経過した。

 その間、俺はただひたすらに素振りを続けた。

 まずは何より基礎が大切だと考えたからだ。


 そして、どうやらその考えは間違っていなかったらしい。

 少しずつ構えが安定し、剣を振るう速度も上がってきた。

 着実に自分が成長していることを実感し、モチベーションが向上している感覚すらある。


「初めは一か月やそこらでここから出ていくつもりだったけど、この調子ならもうしばらくは続けられそうだな」

 

 それにアリスティアから連絡がない以上、低級モンスターを倒せるだけの力はまだ身についていないのだろう。

 まだまだ鍛える必要がありそうだなと、俺は気合を入れ直すのだった。



 ◇◇◇



 1年が経過した。

 半年ほど前から素振りだけでなく、実戦を想定しての修行も始めている。

 動くモンスターを想定し、こちらも移動しながら剣を振るうのだ。

 これがなかなか大変で、素振りとはまるで難易度が違った。

 それでも必死に努力を続けたおかげか、今ではかなりいい動きが出来てるんじゃないかと自分では思っている。


 それでもまだ、アリスティアからの連絡はない。


「これでもまだ足りないのか……もしかしたら異世界のモンスターってのは、低級でもかなり強いのかもしれないな」


 もしくは、俺が魔力0という事実がそれだけ大きなディスアドバンテージになっているのかもしれない。

 アリスティアの反応的にも、もともと魔力のない人間がモンスターと戦うような想定をしていない可能性すらある。


 それでも、自分で一度は決意したこと。

 ここで引き下がるのはプライドが許さない。


「見てろよ、ここからまだまだ強くなってみせるからな」



 ◇◇◇



 10年が経過した。

 それだけの月日が経った今もなお、俺はがむしゃらに剣を振るい続けていた。


「はあっ! せいっ! ふんっ!」


 巧みな足捌きから振り下ろされる刃は、確かな重みと速さをもって空を切り裂く。

 それだけでは終わらない。

 踏み込んだ足を軸にし、そのまま返す刃で剣閃を描く。

 俺はそのまま留まることなく、怒涛の連撃を続けていった。


 モンスターが相手となると、一撃で倒せる保証はない。

 いつ何時であろうと、攻撃の手を緩めることなく戦えるようにしなくてはならないのだ。


 そんな意識のもと昼夜問わず(そもそもここにそんな概念はないが)行われる鍛錬によって、俺はかなりの実力を身に着けている……だった。


 “はず”と言うのは、今なおアリスティアからの連絡がこないからだ。

 さすがにこんな状況にもなれば、これまで気丈に保っていた心にも陰りが見えつつあった。


 俺はいったん鍛錬を止め、ゆっくりと息を整える。


「これでもう、ここに来てから10年も経つのか。ずっと修行をしてるんだ、確かに強くなっている実感はあるんだが……」


 我流とはいえ幾つも剣技を覚えたし、身体能力も格段に向上している。

 しかもその成長幅は尋常ではなく、既に俺は地球人の限界を超越した動きを可能にしつつあった。


 思い返してみると確かに10年前、アリスティアから異世界に転生する人間は成長限界が更新されるという話を聞いた覚えがある。

 どうやらその話は本当だったみたいだ。


「って、いま重要なのはそんなことじゃなくて――」


 改めて現状を整理してみる。

 今の俺は間違いなく、地球にいる誰よりも強い力を得た。

 それでもまだ低級モンスターという目標には到達していないらしい。


「本当にこの調子で修行を続けて追いつける日が来るのか? それともまさか、既に実力的には十分だけどアリスティアが約束を忘れてたり――なんてのはさすがにありえないよな」


 アリスティアの神々しい雰囲気を思い出し、俺は首を左右に振る。

 あれだけのオーラを纏った彼女が、まさかそんな単純な失敗をしないだろう。

 ……しないよな?


「結局、俺にできるのはただ剣を振り続けることだけってわけか」


 この10年間で何百回目になるか分からない現状整理を終えるとともに、両手でパンッと自分の頬を叩く。


「よしっ、修行再開だ。なーに、きっともう何年かすれば、アリスティアからの連絡もくるはずだしな!」


 そんな希望を抱きつつ、俺は再び剣を振るい始めるのだった。




 ◇◇◇




 ――――そして、1000年が経過した。


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