第19話 王座に座る者

「夏菜聞け、これはゲームの世界が具現化した仮想領域、プレイヤー同士が接触すればどちらかのHPがなくなるまで戦闘が始まる。そして負けたプレイヤーはゲームのはざまに取り残されることになるんだ」


「嘘でしょ……そんな残酷なことが」


「ふん、残酷ではなく、これは道理だ。弱者は消える。ただそれだけの事」


「あ、あんた何言ってるのよ優戸! 私に麗美との密会現場で電話をされてびびって動けなくなってたアンタが、私に向かってかっこつけてるんじゃないわよ!」


「夏菜! そっちにいくな!」


 夏菜は優戸めがけて走り、平手内をしようとした。


「バンッ」


「ぐはっ」


 しかし優戸は夏菜の平手うちをかわし、代わりに夏菜を平手うちで吹き飛ばしたのである。


「優戸? 誰のことだ」


「てめえ! 夏菜に何てことしてくれてんだこの人でなしが!」


「ふん、貴様も君主にあだなすものとして執行対象とみなす!」


 優戸と俺の拳がぶつかり合った。


「なんだこいつ、結構強いぞ」


 優戸の力はレベル100の俺の拳に拮抗するほどのものだった。レベル100の俺に対応しうる人物がいるのか……。


「何を驚いた顔をしている。君主に授かりしわれの力は、拳の強化、瞬時に限界のステータスを繰り出すことができる」


「それでいったい何人の生徒を倒したんだよ」


「知らないな倒した生徒のことなんて」


「その中に元カノの夏菜がいることも覚えてねえのかよ!」


「夏菜? 元カノ? そんなものを俺は知らない」


「そうかよ!」


「おらあ!」


「無駄だ」


「ドカあ!」


 再び俺と優戸の拳がぶつかった。


「何?」


「バキバキっ!」


 次の瞬間優戸の拳を覆っていたオーラが崩れ去った。


「へへっ、ネタ晴らしが過ぎたようだな」


「なんだと」


 俺は拳を使うと同時にレベル100スキルのうちの一つ、バフ無効効果を使っていた。


 この効果によって俺の拳に触れたバフ効果は全て打ち消される。


「この技は効果範囲が狭いんだけど、お前が拳に込めるオーラとばらしたから迷いなく使えたよありがとう!」


「き、貴様あああ!」


「おらああああ!」


「ぐはああああ」


 俺は優戸の腹部をワンパンした。


「ば、馬鹿な、この私が」


「夏菜を叩いた罰だ。それにお前は夏菜の元カレでありながら麗美に寝返ったのも罪」


「れ、麗美? 夏菜? うっぐあああああああ」


「またか」


「お、お前は誰だ」


 そうか優戸は俺のことを見たことがない。


「私の顔なら知っているかしら?」


「夏菜!」


 いつの間にか夏菜は意識を戻していた。


「な、夏菜! なんでここに、ひ、許してくれ! 麗美とは仕方なかったんだ」


「何をいまさら! 謝ったって許さないわよ」


「ま、まって夏菜」


 俺は再び優戸に平手打ちをしようとした夏菜を止めた。


「なあ、いったい麗美になにされたんだ」


「麗美は恐ろしい奴だ。俺にハニートラップを仕掛けたあと、負債を作って弱みを握り、思い通りにしないと壊すと、俺をまるで人形のように扱ったんだよ」


「麗美がそんなことを……」


「恐ろしい女ね。まったくアンタが、麗美にそんな目にあわされてたなんて。私に相談しなさいよ」


「相談出来るわけないだろ。全ての権利を俺は麗美の奴に握られていたんだよ」


「本当に麗美がそんなことをしていたのか……」


「まあ、いいわ、そしたら一緒に麗美に仕返しをしましょう。優戸、私と春樹は今から麗美の元へ行くわ」


「いけない」


「なんでよ」


「夏菜ちゃん、俺はもうここでゲームオーバーみたいだ」


「はあ? なんであなた今喋れて……」


 次の瞬間優戸の体が透明になっていった。


「優戸? 嘘、まっていかないでよ! 誤解は解けたはずでしょ!?」


「夏菜ちゃんごめん、こんな情けない俺で。君に迷惑ばかりかけて、春樹君だったっけ? こんな情けない夏菜の元彼氏からのお願いだけど、夏菜をどうか頼む! そして麗美には気を付けてくれ!」


 次の瞬間優戸は消えてしまった。


「嘘、嘘でしょ、優戸おおおおおお!」


「……」


 俺は優戸の言葉を無言で受け取って、無言で夏菜を見守るしかなかった。






「俺を責めないのか」


「なんで私がアンタを責めるのよ」


「なんでって、優戸をやったのは俺だぞ」


「あれは優戸じゃないわ。他に方法はない。全部麗美とこのゲーム空間のせい」


「そうか」


 俺は夏菜に咎められずに少しほっとした。






「さて、ここが魔王城最深部といったところかしらね」


「大きい扉だな」


「どう? 一緒に開く」


「うん、そうする」


「バタッ!」


 俺たちは魔王城最深部の扉を開けた。


「ギイイイイイ」


 不気味な扉がゆっくり開くと正面には王座があり、何者かが座っていた。


「え?  2人ともどうしてこんなところにいるの? 春樹君と夏菜ちゃん」


 王座には麗美が普段と何も変わらない様子で座っていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る