かたりかたり

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 一話目はオカルト研究会の長である私が担当するよ。ひとまず盛り上げないといけないわけなんだけど、取材してきた本当のことしか話さない、っていうのがマイルールでねぇ。どうしようか悩んでたんだけど、ちょうどいいお話を先代から聞いてきた。というわけで話していこうか。


 百物語っていうのは、まあホラーの鉄板ネタのひとつだ。怖い話をしていると浮遊霊が寄ってくる、どんどん寄せて何か起こそうと、まあそういうことなんだろうね。雰囲気作りに灯りをひとつずつ消していくというのもあるけど、ちょっと設備が用意できなくて……この通り、弱い灯りを中心にひとつ、これだけしか置けなかった。これは素直に謝罪するよ。紙製の灯篭にロウソクを立てると火災の危険性もあるわけだし、大学側の許可も下りなくてね。いや、申し訳ない。


 ところで、百物語を実際にやった例について、みんなは知っているかな? あちこちで実行されている……なんて話もなくて、記録自体もまるで残っていない。百物語が終わると現れる妖怪「青行灯」なんてものまで考え出されているのに、夜に集まって怪談会をやった、って記録は残ってないんだ。これはなぜか、いろいろ理由は考えられるけど、時間とネタ切れあたりが大きなところだろうね。

 ストーリーテリングで考えて、枕とお膳立て、それに本命のネタとオチ、ここは最低限用意しなきゃならない。一話を語るのに、誰かとの受け答えや反応を見ての時間も考えて、五分としよう。それを百と考えると五百分……じつに八時間と二十分もかかってしまうんだ。これはおおげさに考えすぎだとしても、二分で三時間以上、三分で五時間ほど……拘束時間として長すぎるし、盛り上がりに深夜零時を据えたい考えも破綻してしまう。


 それに、ネタ切れの心配もある。例えば、参加者のうちふたりが同じ地域で暮らしているとしよう。その地域に伝わる噂や伝承、いわくつきの場所なんかがかぶってしまったら、話が百話分にならないね? そうなると前提が狂って、百物語ではなくなってしまう。そうでなくても、わざわざ伝わってくるような話はほかの誰かが知っている可能性がある。話の採録はとても難しいんだ。そういうわけで、百物語を実行すること、それ自体がとても困難なことだということは分かってもらえたと思う。

 それら問題を解決するために、我らがオカルト研究会は「大学内で広く参加者を募ること」「四つの部屋で同時開催し、会員が録音とメモをして話を採録すること」――という解決法を提唱する。一部屋あたり二十五話、参加者は自由に移動していい。厳密に百話にならない可能性もあるが、まあ、会報を作るための活動だからね……許容範囲内だろう。この話が終わったのち、いったんスピーカーの回線を切って、それぞれの部屋を独立状態にする。聴衆がどれほど集まるかにもよって、参加者の話の面白さもみられるかもしれないね。




 さて、一話目は私の番だったね。オカルト研究会には、いくつか守るべきルールがある。サークル棟で我々に与えられた部室でのルールについて、話していこう。

 部室の壁には、たくさんのメモが貼ってある。第二言語を学び始めた学生が日本語以外で描くこともあるし、単純に字が汚いものや、出先でメモしてきたどこかの文字ということもあるから、読むのは大変だ。

 このメモ、貼るのも剥がすのも大変でね……ルールを守らなければならない。“剥がすときは、同じ位置に新しいメモを貼ること”。これが第一のルールだ。絶対に破ってはいけない。できるだけ、露出している壁の面積を小さくしておくことが望ましい。理由は私も知らないんだが、破った会員はいない。どうしてかって、まあ、次を聞きたまえ。


“メモを貼るとき、驚いてはいけない”。


 ときおり、ではあるんだが――壁に触れたとき、体温を感じることがある。それはメモ越しでも同じで、人肌のような感触と温度なんだ。私も体験した。それが何なのかは知らないが、それはさておき、会員にはそういうことがあると事前に説明する。だが、ふとした拍子に驚く会員はいる。そのとき必ず、彼らは「視線を感じた」というんだ。そして、壁はすぐにコンクリートの壁に変わる。

 何も起きないが、“あれ”は……決して部室から出ていかない。そもそも壁にメモを貼らないタイプの会員もいるが、そういうやつらに限って“あれ”を踏んづけるんだ。部室を移せばいいという意見もあるが、あのメモをすべて剥がすことはできない。あちらには、もっと強い強制力があってね。設備を大きく動かして、メモを大量に剥がした会員がいたそうなんだが……常識では考えられないような死に方をした、ということだった。

 捜査に踏み入って証拠を持ち去ろうとした警察や、取り壊しをしようとした建築会社まで、そういった事件に巻き込まれて……サークル棟は、今のようなひびが入った状態になったんだよ。あの丸い跡は、鉄球がぶつかった痕跡なんだ。かわいそうに、即死だったそうだが……。


 いや、“あれ”が何なのかは、我々にも分からない。でもね、我々の目の届く範囲に、そういったオカルトはある。そのことだけ覚えて行ってもらえると、今後の大学生活も楽しいものになるんじゃないかな。

 さて、二話目以降は各々のお気に入りの場所で聞いてくれたまえ。この怪談会、心ゆくまで楽しんでいってもらえると助かる。

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