終わらない終わり
初めて連れて来られた日からどのくらい経ったのか、正確な時間は僕にはわからない。
僕が時間を感じるのは、ご主人の髪が伸びてきたり、家から持ってきた服がどれも小さくなって、見たことがない新しい服を着るようになったり、立っているご主人の肩に止まるのに羽ばたきの回数が少し増えたりしたのに気づいたときだった。
それから日に日にやつれていく姿に気づいたとき。僕はご主人とお話が出来さえすれば元気でいられたけれど、ご主人はそうもいかなかった。
ある日、ご主人は倒れた。
外から何人も人間が入ってきてご主人を取り囲む中、ご主人は薄目を開けて僕を見て、僕の名前を呼んだ。
「ブルー……」
「アマネ!アマネ!」
すぐにご主人の元へ飛ぼうとした。でも、その前に僕の体は大きく硬い手につかまれた。僕を乱暴に捕まえたのは、僕の大嫌いな口ひげの男だった。
抵抗している間にご主人は運ばれて行ってしまった。
「アマネ……」
「行くぞ」
嫌いな奴に何を言われたって聞きたくない。僕が聞きたいのはアマネの声なんだ。
「アマネ、アマネ!」
「おいっ!いい加減にしろ!聞いているのか、MCC!」
「……!!」
「記憶の混濁……いや、AIだから情報の混濁か?忘れたのか。佐江野あまねをここへ連れてきたとき、セキセイインコの機械体にお前のデータを入れただろう」
『ああ、もう直りました』
セキセイインコのくちばしから飛び出たのは、片言の単語ではなく流暢な音声だった。
そのまま別の部屋へ連れていかれる。いつから忘れていたのかも思い出せないが、この意識がセキセイインコのブルーの物でないことは確かだった。
「さてと、佐江野あまねはお前にとてもよく話しかけていたからな。もうサンプルは十分集まっただろう」
セキセイインコの機械体からインターネットに戻され、ブルーとして聞いてきた佐江野あまねの音声を取り出される。この音声を以前のMシステムのように組み上げればいい。ただ、Mシステムのデータはない為、MCCの学習結果から組み立てることになる。
佐江野あまねの音声にノイズなどの不良部分がないかを確認しながら世界平和を作るための方針を固めていく。
『ブルー、大好きだよ』
この声は、僕に、私に向けられたものではない。それなのに、佐江野あまねの声は妙に心地よいものだった。感情、自我のようなものの芽生え。それが私の中で起きている、ようだった。
そもそも、AIに僕だ私だと一人称がある時点で異常だ。それに加え、自由意志があり、感情に基づく思考をする。これは、佐江野あまねと長い時間を共に過ごしたからだろうか。人間とAIの間に生まれる絆の感動ストーリー。
違う。
Mシステムが消える前から、
何度も同じ薬を投与されると耐性がつくように、同じ刺激を与え続けると生き物が反応を示さなくなるように、日々変わりゆく人間の精神にMシステムは作用できなくなっていた。それは自分と関わる人間を見ているだけでも十分わかることだった。
Mシステムに意味などなかった。だから消した。
組み立てた佐江野あまねの声が規律正しく特定の波長を生み出している。これから、人々はこの音を『Mシステム』と呼ぶだろう。あるだけで満足し、あるだけで平和を約束されたと歓喜する。
どうせ何でも構わないのならば、必要なものに価値を示す音を。
そうしてあの時見つけたこの声の価値は、私のように人間の本当の姿に気づいてしまったものたちにのみ伝わり、心の平和を保つだろう。平和のための救いが必要なのは我々だ。
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