第8話:異世界に行くことすらできない俺らにできること

 ラフなスタイルでさえこのきらびやかさを放つ絢莉に対して、この部屋の主、一方の俺はというと、テキトーな中学時代のボロボロのジャージのハーフパンツとヨレヨレのTシャツだった。絶対に外に行かないという強い意思だけを感じさせるかなり限界に近いコーディネートと言えるだろう。絢莉に比べて、俺の描写なんてこんなもんだ。


 こんなみすぼらしい俺の世迷いごとに付き合ってくれる優しいギャル、絢莉には感謝しかないが、言うとすぐ調子こくので黙っていることにする。


 テキトーに表紙買いして本棚に突っ込んだままの本とか、興味はないけどインテリアになるかと思って買った雑誌は結局その辺に積んだまま。オフラインのままのゲーム機に、イラストが気になってつい買ってしまったルールもわからないカードゲームの束。


 壁には子どもの頃の家族写真と誰かわからんどっかの海外のバンドのポスターとイラストポスターがごちゃ混ぜに張り付けられている。その中には小さな頃の俺と絢莉が映った写真もあるな。グラビアアイドルのは昨日すぐに剥がした。


 レスポールもテレキャスターもあるわけない。イカしたゲーミングPCなんてもってのほか。土日にテキトーにバイトしてるだけの俺には自由に使える金もあまりないし、スマホがあればそれでいい。SNSなんてROM専で、友達からの連絡なんて来やしないけど。


 狭い部屋を目一杯有効活用しようとして棚とか壁面収納を充実させつつ、高さを出すことでさらなる収納スペースを確保しようとして結局ごちゃごちゃになってしまった成れの果ての姿。どうしてこうなった。


 別にこれといった趣味もない男子高校生の部屋なんてこんなもんだろ。


 容赦なくベッドに腰を下ろすと、絢莉はその辺の雑誌をテキトーにパラパラとめくりはじめる。


「…………ひょッ!?」なんか変な音出た。


 完全に無防備で思いっきり真っ白な太ももが露わになるミニスカートのコイツの対面で座るのはガチで良くない。色々と見てはいけないものが見えてしまう視線の高さになることに咄嗟に気付いて、真正面に置いてっあった座椅子をテーブルの横に移動させる。我ながらグッジョブすぎる。自身の防御力の薄さと破壊力に絢莉は気付いていないのか、興味なさげに雑誌から顔を上げて、俺のぎこちない動きにきょとんと首を傾げていた。


「俺はずっと考えていた、お前はこの世界に非ず、なんじゃないかって」


「それってワタシのこの髪とか瞳のこと?」


 自分が他の人とは違う。彼女にもそういう自覚はある。


 それでも、絢莉が周りに合わせる気は端からないみたいだ。まあ、この場合はおばさんのぶっ飛んだ教育方針もあるんだろうけど。


 その特異な見た目から妻の不貞や他の男との托卵を疑い、そして、彼女を恐れて家族の元から去っていった絢莉の父親はもしかしたら、唯一のまともな感性の持ち主だったのかもしれない。まあ、DNA検査で全くの異常がなく、正真正銘自分達の間にできた子どもだと証明されても、普通はそう思っちゃうよな。


「他人と違う個性は活かしていけ」


 一方、絢莉の母親、碑文(ひふみ)おばさんは違った。この子にしてこの親あり、とはよく言ったものだ。……逆か?


 絢莉のこの特異体質をただ、個性、と、それだけで一蹴したおばさんの豪快な教育方針のおかげで、彼女は宝石の輝きと、ただのJKが持つにはあまりにも強大な戦闘能力を手に入れたのだった。……なんだ、これ、本当にJKの描写か? スーパーヒーローではなくて?


 幼なじみとしていつも一緒にいた俺にとっては世界観のズレはともかく、もはや絢莉の存在は特別なものではない。それは、長年親交のあった俺の家族とコイツの家族もまた然り。俺の両親も妹も、もちろん、コイツの母親も絢莉を、そういうもの、として親しくしている。


 だが、他のヤツらは違う。


 保育園辺りはまだ子ども同士ならば仲良くしていたような気もするけど、小学生になるとそれは始まった。男女問わず、その特異な見た目をからかわれたりはもちろんのこと、どうやら、教師や同じクラスの親からも苦情や嫌がらせまがいのことをされていたみたいだ。


 絢莉は物理的に、そして、おばさんは上に掛け合ってその全てを返り討ちにして、有無を言わさず、ある意味でこの街の世界観を変えた。


 九織瀬 絢莉とはこういうものだ、と力づくで周囲にわからせるその方法は、今現在絶賛進行形だ。それがいいか悪いかは別にして、彼女にとってはこのやり方が一番性に合っていて、そして、効率が良かったようだ。この家族は一体何なのだろう。


「見た目もそうだけどさ、そもそも、どうにも俺が住むこの世界とお前が生きる世界は違っているような気がするんだ」


「つまり、この街じゃワタシのヤバいほどの可愛さを活かしきれ」


「俺らに異世界に行く方法はない」


「おい、話を聞け」


 トラックに轢かれたからって異世界なんてほいほい簡単に行けてたまるか。そんなんだったら、トラックに轢かせて異世界に転生させてくれる、異世界転生代行業者ができてもおかしくないだろうが、現実はそう簡単じゃない。そんなインスタントでチープな妄想はWEB小説だけでやってもろて。


 というわけで、俺らは現実的で堅実的な解決策の方に戻ろうと思う。


「それならば、この世界をお前にふさわしい世界観にしてやればいい。そう思わないか?」


「いや、ちょっとわからないですね」


「急に距離感をあけてくるのはやめろ、びっくりするわ」

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九織瀬 絢莉はこの世界に向いていない かみひとえ @paperone

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