第6話:続・陰鬱とした教室にてⅡ

 チャイムが鳴るとしっかり自分の机に戻ったギャルたちに、教師は露骨にイヤな表情をしていたけど、特に何も言うことはなかった。


 生まれつきド派手な絢莉の容姿のことを強く言えない教師は、現代日本の高校においてはあまりにも古臭すぎる校則をギリギリでライン越えしているギャルたちを表立って非難できないのだろう。校則というのは、生徒の規律を守るためにあるもんじゃない、教師が生徒を理不尽に縛り付ける免罪符のためにあるんだ。


「先生なんてワタシよりちょっと先に生まれてきただけじゃない。どうしてちょっと年上ってだけでそんなにエラソーにできるのよ」


 とは、絢莉の極論、あるいは暴論だ。


 そういえば、少し前に、自分こそが正義だと勘違いしている体育教師が大学時代の後輩と一緒に、絢莉をわからせようとしたらしいけど、どうやらエロ同人誌的な展開にはならなかったみたいだ。俺達の知らないところで何が起きていたのかは想像に難くない。


 結局大きな事件にはしなかったみたいだけど、数日ぶりに姿を見せた正義の体育教師は、全身包帯まみれで、普段の力に物を言わせた横柄な態度は消え失せてすっかり委縮しきっていた。これにはさすがにざまあという他なかった。


「九織瀬 絢莉は校則違反していない」


 なんとなく、そういうお達しが校内に暗黙の内に広がっていったのは、絢莉の力づくの反論と、それともうひとつ要因があった。まあ、全てを力でねじ伏せるあのやり方は賛否あるだろうなとは思っている。


 とにかく、そんなことがあっても、不思議と離れていかないのがギャルの生態の謎のひとつだ。というか、もしかしたら、ギャルはギャルで体育教師からセクハラ紛いの生活指導とか嫌がらせをされていたのかもしれない。


「ほら、あーしらって見た目だけで判断されっからさ、勉強だけはしっかりしないとさ」


「そーそー、成績いいとさー、教師も親も何も言わないからね」


「将来やりたいこともあるしねー、知識ってガチ大事」


「みんな、お願いだからワタシにも勉強教えて!」


 絢莉も含めてギャルがみんな真面目に授業を受けている絵面はなんとなくシュールだと思う。これで、(絢莉を除いた)ギャルみんな成績や授業態度についてはわりと悪くないもんだから教師も何も言えないのであろう。ギャルって一体何なんだろう、俺が思ってたギャルとは違うんだが。


 そして、こうなると、ギャルじゃないクラスでも目立たない地味な真面目系女子の立つ瀬がない。これ以上メガネと真面目と学力以外のアイデンティティを揺らがせてしまうのはやめたげてよ。おい、めっちゃ睨んでるぞ。


 ……いや、というか、もうクソほどどうでもいいホームルームどころか学校での様子のことなんてこれ以上はもういいだろう。俺はずっと、このまま知りたくなかった新事実から立ち直れずに机に突っ伏したままだし、絢莉はちゃんと授業を受けて、合間には楽しそうにクラスのギャルとおしゃべりしている。


 こうして、学校での一日は特に何も起きることなく、平穏無事に過ぎていく。どうやら、絢莉は今日のカラオケの誘いは、バイトを理由に断ったみたいだ。一方の俺は、誰からも何も話しかけられず、誰からも気付かれることすらもなくのそりと下校する。


 だから、世界観なんてそうそう変わらない。


 特に、ほとんどコミュニティが完成されて、編成の余地がほとんどない閉鎖空間である学校に関しては、変なことをしでかさないように必死に息を止めていることで精いっぱいだ。ちょっとでも吐き出したら、この息苦しくて平和な高校生活が完全に終わってしまう。


 もしやるならば、さりげなく、少しずつ、誰にも気付かれないように、だ。ま、そんなことしている間に卒業しちまうだろうし、結局このしょーもない世界観に呑み込まれて消えてしまうだろう。


 それじゃあ、遅すぎる。もしかして詰んでるか? いや、そんなことはないはずだ。


 そうじゃなきゃ、九織瀬 絢莉の世界観をきちんとマッチさせなければ、この呪いはずっと続いてしまう。


 ほら、学校なんかにいたって世界観は変えようもないじゃないか。

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