第5話:続・陰鬱とした教室にて
「また九織瀬 絢莉が上級生を病院送りにしたらしいよ」
「ねえ、九織瀬 絢莉ってヤバくない?」
「そんなのみんなわかってるよ、なんせアイツは九織瀬 絢莉だぞ」
「九織瀬 絢莉は……」
目を逸らし、口を塞いで、ヘッドホンを忘れたら、そんなクソみたいな声がどうしようもなく耳に入ってしまう。あまりにも不快でゲロ吐きそうだ。
このクラスのみんなは絢莉のことをフルネームで呼ぶ。どんな距離感で得体の知れない相手と接していいのか、みんな未だに計りかねている。身近にいるはずなのに全く手の届かない画面越しの超大物芸能人みたいなもんだ。住む世界が違うのだと、みんな勝手に勘違いしている。
住む世界が違うんじゃない、住む世界観が違うんだ。
絢莉のことを本当に知っているのは俺だけだ、なんて宣うつもりは毛頭ない。俺と絢莉は家が近所同士なだけのただの幼なじみ。ただそれだけだ。だから、そういうアホみたいな勘違いは、どっか俺の知らないところでメンヘラ同士でやってくれ。俺はただ呪いを解きたいだけなんだ。
ふと弾けたような明るい笑い声が聞こえてきて、うんざりと窓際の方を見てみる。どうやら、絢莉にはあのじめっとした声は届かなかったようだ。たとえ届いたとしても絢莉は全く気にしないだろうけど。
「でさー、ヒトミがばんばん好きな人変えるわけよー、」
「げー、サイアクじゃん」
「んでさー、毎回夜中まで知らねーヤツとの恋愛相談されてみ? ガチでだりいから」
「あーね」
「ってゆーか、そっちはどーなの? また幼なじみくんと一緒に帰ってたらしいじゃん?」
「そんなのたまたまだって。家が隣なんだもん」
絢莉は自分の容姿のことをほとんど気にしないギャル数人と机の上に座りながら楽しそうに他愛のないおしゃべりをしていた。ド派手な彼女らと一緒だと絢莉の髪の色も違和感はない。
薄く浅い友好関係と、何も考えていないようで何かを考えているような気がしないでもない、そんなギャル特有の真理をかすめる発言が絢莉にとっては心地がいいらしい。確かに、自分のほんのわずかな一挙手一投足にいちいちびくっと物怖じされるよりかはずっと気楽だろう。
この教室はいつも通り、平穏で、つまらなくて、何も変わらない。だから、俺はまた机に突っ伏すことにした。
教室にぽっかりと空いた空間にかろうじて収まることができて、別にそれが危害を加えられる空間でも、別の誰かのための空間でもない。俺も絢莉なんとかそこに収まることができている。
だけど、それでも、俺らには、友達、と呼べる人間はいなかった。
絢莉に関わると、その激動の余波をどうしても浴びてしまうし、そんな絢莉のそばにいる俺から受ける余波もまた然り、だ。このふたりに関わるとロクなことにならない。かといって、無視するほどの極悪人でもない。誰からともなくそう考えた末の、この微妙に会話だけはする、という奇妙な位置取りになったわけだ。俺としては余計なこと考えなくていいし、気楽だけど。
もちろんクラスメートの連絡先もほとんど知らないし、休日にどこかに遊びに行くような友人ももちろんいない。なんだったら休日にばったり会ったりなんかしたら、どちらともなくお互いに見なかったふりをするような有り様だ。
まあ、絢莉の方はそうじゃないかもしれない。今もこうしてギャルと仲良く話しているし、放課後にカラオケ行ってるみたいだし、休日も遊びに行ってるかもしれない。……あれ、これ、友達がいないのは俺だけでは?
すごく大事なことに気付いてしまった俺をよそに、無情にもホームルームのチャイムが鳴る。もう少し俺に今後のことを考える時間をください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます