第4話:陰鬱とした教室にて
世界観なんてそうそう変わらない。
そんなのははじめからわかりきっていることで、どう足掻いたって、どう声高に叫んだって、それはただの日常へと滲んで消えていくだけだ。俺の存在も、俺の声も、九織瀬 絢莉という強烈な輝きを放つ色の前ではただのシミにすぎない。
このクラスにいる他のやつらだってそうだ。たまたま同じ年に近くに住んでいるやつらが寄せ集まっただけの集団。仲良くする義理も、なんだったら話す意義すらもない。1年間同じ電車を使っている赤の他人と何ら変わらないのだ。ただお互いに顔を知っているだけの薄く浅い関係性。
俺が住むこの世界は、クソつまらなくて、何もない。
そして、この何の変哲も変化もない澱んだ世界に異常があるとすれば、九織瀬 絢莉の存在、ただそれだけだ。
だから、俺と彼女を取り巻く灰色都市の夏終わりの学校は、世界観を変えようと彼女に向かって高らかに宣ったあの時から、結局ずっと代わり映えしなかった。
世界観なんて変えようがない。
そんな当たり前のことで俺はこんなにも苦悩している。なんて馬鹿らしいんだろう。
「おいおい、またボコられてんじゃん、大丈夫か、お前。いい加減、九織瀬、絢莉のことになると頭に血がのぼるのなんとかしたら?」
「……そんなんじゃねえよ」
俺は鞄を棚に放り投げるとどかっと机に突っ伏す。腫れた頬や切れた唇、絆創膏まみれの顔をこれ以上他のヤツらに見られたくなかった。けど、新しいいじり甲斐のあるオモチャが現れたと喜々したのか、後頭部に浴びせられる口撃は容赦なかった。
「そのくせ弱っちいんだから、お姫様を守る騎士になりたいなら身体でも鍛えれば?」
「うるせえ」
「で、か弱き少女を守る正義のヒーローは、九織瀬 絢莉となんか進展あったの」
「そんなもんあるわけねえだろ」
「なんだ、つまらん。解散解散」
「薄情なヤツらめ」
もちろんこの口撃が冗談なのは彼らの口調からすぐにわかる。これでガチトーンだったらすぐ泣くと思う。
顔を上げるともうすでに彼らの姿はなく、俺がこれ以上話に乗っかってこないとわかるや否や、また新しい話題を探そうとスマホの画面を無表情で眺めていた。どうやら、俺のケガなんてスマホ越しの巨乳のコスプレイヤー以下の話題でしかないらしい。まあ、俺でもそう思うよ。
他愛のない、中身のない薄っぺらい会話だと、口に出さないだけでみんなそう思ってる。
誰だって他人に自分の心の中まで土足で踏み入れられたくはない。勇気を出して踏み入れた先で邪険に追い返されたときに、自分の心がぽっきりと折れてしまうのがどうしても怖いのだ。
スマホの中の方が現実よりずっと楽しくて、ずっと気楽だ。
変な人間関係に気遣う必要もないし、息苦しく空気を読む必要もない。流行りの音楽も映画も髪型も服装もいちいちチェックしなくてもいい。いや、もしかしたら、そういう虚構の流行を追いかけている間抜けなヤツもいるかもしれないけど。とにかく、自分のアカウントを決してクラスメートに知られないように気を付けるだけでいいのだ。身バレが一番最悪だからな。
俺らはそんな世界で生きている。そんな世界観で生きている。
そして、こんな薄っぺらい世界の中で、あまりにも眩しく輝いている、九織瀬 絢莉、という存在がただそこにいるだけでいいはずがない。
そうじゃなきゃ、俺の存在意義がない。スマホの画面を無意味にスクロールするだけの存在に意味があるはずがない。
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