第2話:輝きという呪縛
昔から、絢莉のこの超然的な魅力に憑りつかれ、そして、嫉妬するヤツは多かった。思ったことがすぐに言動に出てしまう天真爛漫で、自分を曲げない真っすぐな性格の影響もあるだろう。味方を作りにくくて、彼女のそんな人柄や人間離れした美貌を妬む敵の方が多い。
「つーか、どうしたら、コンクリートの壁にまでこんなふうにクレーターみたいな痕ができるんだよ」
「知らないわよ、喧嘩したら普通なるでしょ」
「ならねえよ」
そして、そんな敵を絢莉は、全て、ことごとく、容赦なく、何の躊躇いもなく、後腐れなく、返り討ちにした。
絢莉の後ろに転がっている憐れな不良どももそういった、彼女の魅力にあてられた愚かなヤツらの類なのだろう。絢莉とあれやこれやシたいなら、潔く告白する方がまだ身の安全のためだと思うけどな。
細胞レベルでスペックが違い過ぎるコイツにリベンジを挑もうなんてもってのほかだ。絢莉なら、授業中に金属バットを持った上級生どもが背後から襲い掛かったとしても、難なく、しかも無傷で制圧できるだろう。最近のJKの戦闘能力は一体どうなってるんだ。WEB小説の読みすぎだろ。
「ほら、帰ろうよ」
「………………どうも」
俺は観念してのろのろと絢莉の手を取った。女の子の手なんてほとんど握ったことないけど、彼女の手は思っていたよりも小さくて柔らかくて温かくて、だからこそ、よけいにあの惨劇が信じられない。たとえ、絢莉を取り巻く者にとっては慣れきってしまったいつものことだとしても、だ。
そうして、彼女の周囲には誰もいなくなった。
まあ、それは必然とも言えるだろう。
俺を含めた一般人に彼女の魅力や考えや行動を理解できるヤツはいない。理解できないし追いつけもしないものに、誰も付いてこないのは当たり前のことだった。世の中ってそういうモンだろ。最近は、醜いひがみや妬みばっかりでうんざりする。
そんな今にもキラキラのオーラを放たんとする絢莉と比べて、俺はどうだ。
ボサボサの黒髪の下には濁りきった黒い瞳をした陰鬱な表情。どこにでもいる普通の男子高校生だ。年齢は17歳、身長は平均的で、筋肉質でもなければ特段肥満でもガリガリでもなく、殴られて傷だらけでボロクソなこと以外には特に目立つ特徴はない。
たったこれだけの描写で終わってしまう。なんて薄っぺらい存在だ。
小さいころからいつも一緒にいるのが、こんなに眩いばかりのキラキラの宝石みたいなヤツじゃなかったら、俺もきっともう少し自己肯定できたかもしれないが。
「どうしてお前と一緒に帰ることになるんだよ」
「どうせ同じ道でしょ」
絢莉は孤独を愛してはいないけど、気にもしていなかった。
俺はそんな絢莉の孤独をなんとかしたかったけど、俺は絢莉には釣り合わない。
それでも、そんな絢莉の輝きが翳るのだけはどうしても許せなかった。そんな姿を見たくなかった。それはただのエゴでしかなかったけれども。
だから、俺がこのきらきら輝く宝石の傍にいよう。
たとえ、その輝きで霞んで消えてしまうような幽かな影でもいい。俺なんかが絢莉に並び立つにはそれくらいが十分だ。
「ケガ、平気?」
「お前にやられたヤツらに比べたら大したことないよ」
「うひひ、ムカつくと手加減って難しくなるんだよね」
「全力ですらないのかよ、こわい」
完璧超人ってわけじゃない、ただ人間離れしているだけ。
勉強ができるわけでもない、ただ存在に現実感がないだけ。
なんだったら善人ですらない、ただ結果として救うだけ。
だから、九織瀬 絢莉はこの世界観とマッチしていない。
どこにいても目立ってしまうその見ためとか、人間離れした途方もない身体能力とか、どうしようもなく人を惹き付けてしまう謎の魅力とか、時折見せる寂しげな表情とか、そういうのはもっと別の物語の主人公が持ってるモンだ。
住んでいる世界が違うとか、君にはもっとふさわしい世界があるとか言うけれど、彼女の場合は比喩でもなんでもなく、この世界そのものが彼女にとって違うんじゃないかと、割と本気でそう思ってしまう。
こんないたって普通の何もない世界に、一人だけ明らかにファンタジーとかアメコミとかの世界の住人がいたら、そりゃあバカみたいに目立って目立ってしょうーがないだろう。しかも、悪目立ち、の方だ。目の前でせっかく築いてきた自分の世界をめちゃくちゃにしてまうヤツを、俺らみたいな一般人は、憧れ、ではなく、どうしても、憎しみ、の眼差しで見てしまうのだ。
だから、どうしようもなく、九織瀬 絢莉は俺らが住むこの世界観とマッチしていなかった。
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