りんごちゃーん、もっと頑張らないと追いついちゃうよー

「よーい、すたーと!」


 私は合図を出すと同時に通路へ突入する。幸いなことに、この通路は外側からはサンドバッグがあって見ずらいし、中には私たちしか居ない。スカートの裾が多少翻ってしまうことを覚悟してでも、速さを出すことを優先する。


 追ってくる花香にはスカートの中を見られちゃう可能性があるけれど、彼女に見られるのは、ある意味いつも通りだから……。


 カーテンのように並んでいた4本のサンドバッグの間をすり抜ける際に、わざと反動をつけて戻ってくるようにした。ワンチャン妨害できればいいなぁ……なんて考えからだ。


「おっと」


 背後から聞こえてきた声。余裕があったから簡単に対処されたことが窺える。振り向いて確認する時間が勿体ない。左右の壁側ならサンドバッグも少ないし逃げやすいけど、追う側も楽になる。


 当然、私が選ぶのは真ん中だ。不規則にぶら下がっているサンドバッグを両手で押し退けては進んでいく。時折反動で戻ってきたサンドバッグで自爆しそうになって足が止まってしまうのはご愛嬌。決して、私の要領が悪い訳じゃない。


「りんごちゃーん、もっと頑張らないと追いついちゃうよー」


 そんなタイミングで的確に背後から彼女の言葉が飛んでくる。完全に煽ってるよね!? ムカつくなぁ! ちゃん付けだし! いっそのこと、進路上にあるサンドバッグを片っ端から反動つけてやろうかと思ってしまう。


 ――って、冷静になれ私! ただでさえ逃げ切れるか怪しいんだから乱されちゃダメ! 花香としては、私からのサンドバッグ攻撃が増えても速度を落としたいんだと思う。流石の彼女でも、これだけ障害物のある通路で速く移動するのは厳しいはず。


 花香はぶら下がっているサンドバッグを押し退けるのはもちろん、私が反動をつけたモノも受け止めるか、避けるかしないといけないんだし。


「ちと厳しい、かも。体格差が地味に……」


 通路の半分を過ぎたとき、そんな言葉が聞こえた。ちょっと焦りが含まれている気がする。


 花香は私のことを余裕で捕まえられると舐めて勝負に乗ってきただろうからね。想定通りにいかず、とりあえず挑発したけど効果なしと判断。次は煽ててペースを乱す。そんな狙いだろうね。


「…………」


 意図が読めてしまえば、わざわざ反応を返すこともない。


「ちっ」


 花香……舌打ちはやめて欲しいな……。普段はしない癖に……どれだけ私のペースを乱したいんだろう。逆に言うと彼女から見て、このままだと私が勝つという判断なんだろうね。なら、私はこのままペースを維持するだけ。


「……う」


 なんて思ったそばからサンドバッグに太くて重いのが混ざり始めた。嘘でしょ!? 全部が同じサンドバッグじゃないの!? ……ここまでは片手で対処できたのに、出口が見えてきたところでペースが一気に落ちてしまった。


 しかも、花香は私と違って問題なく片手で対処可能だろうから……ヤバかもしれない。


「りんごも頑張ったけど、そろそろ終わりにしよっか」


 声がだいぶ近い位置から届く。だけど、残りの距離も数メートルだけ。揺れるサンドバッグ群の向こうには出口が見えている。望みは十分にある!


 多少痛くても、肩からぶつかるようにして道を開いていく。花香を攻撃することも無理。そんな余裕ない!


「これで、ラスト――」


「りんご確保ー!」


 私が通路を抜けるのと、両肩に手を置かれたのは、体感同時だった。けど、なんとなく勝てたって自信が持てないんだよね……。


「…………花香」


 恐る恐る振り返ると、案の定それはそれは良い笑顔を浮かべた花香の姿が――なかった。想像していたのとは逆の渋い表情を浮かべている。


 もしかして――?


「はぁ……すんでのところで逃げられちゃったわね」


 ため息を隠そうともしない花香。


「……私の勝ち?」


 念には念を入れて確認してしまう。花香って、基本的に勝負の結果は嘘言わないけど……たまーに私の絶望した顔が見たいって理由で嘘つくからなぁ……今日は賭けてる内容的にも、そっちのパターンの可能性がある。


「おめでとう」


 実は――なんてネタバラシを警戒したけれど、そんな様子はなかった。


 つまり私の勝ち。


 やった! やったぁああああ! 勝ったの1ヶ月振りくらいだし、すっごく嬉しい!


 思わず胸の前で両拳を握る私を、花香は肩をすくめながら眺めているのだった。

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