第5話 粉雪

藍奈はいま大学の先輩とお付き合いをしていて卒業と同時に結婚をするそうだ。


(なるほどね..)


写真を見ると、彼女が中学時代に片思いをしていた彼にそっくりでリオはとても感心していた。 


「リオは?いま彼氏いる?」


そんな答えなど用意しているはずもなかった。

動揺したリオはシナモンスティックをとりあえずソーサーに取り出す。


「あ.,.彼氏ってほどでもないけど。」


藍奈はリオのほっぺたを軽く引っ張りながらクスクス笑う。


「こら、リオ本当のことを白状せよ。」


嘘だと見抜かれてリオは思わず目を伏せた。 

学生の時には感じたことのない藍奈との距離を感じずにはいられなかった。

気まずくなった空気を藍奈は違和感なく、実にあっさりと払い除けクリスマスにアメリカンターキーとトマトパスタを彼の部屋で作る予定の話をしてくれるのだった。

藍奈はまだ大学生だったが リオよりもずっと大人の女性になっていた。


「焦りは禁物だよ。それとファーストインプレッションにとらわれないこと。」


藍奈はリオに軽くアドバイスをした。


「それなら心配無用だよ。」


リオは早口で言葉を返して、

薄いキューカンバーに包まれたテリーヌを口に運ぶのを止めた。

その時リオはレセプションパーティで知り合った男性のことを思い出したのだった。


「リオちゃん!」  


仕事を終えるとショップの前でランボルギーニに乗った男性に声を掛けられた。

リオの横に停車するとツーシーターの助手席のドアが上方に開いた。

急いで飛び乗ると低い座席にドスンと落ちた。

彼は驚くリオを見てハンドルを抱えてケタケタ笑った。 

スラッとしてスタイルがよく赤いパンツがよく似合う男性だった。

類はマイアミの大学に留学していたため、

英語が堪能だった。

まだ29歳という若さだが外国車専門の販売業兼修理工場を経営していて、

この車は来月に納車予定のものだった。   


「じゃ、ここで。」


彼は助手席にまわりドアを開けた。

リオが降りようとすると、前方から弱々しい視線を感じた。

そこには彼女と思わしき女性が、こちらの様子を不安げにうかがっている姿があった。

小花柄のシフォンドレスはリオが無言で目の前を通り過ぎるのを心配そうに見届けるとタンッと駆け出した。

裾に施されたレースがヴァラの上でふわりと揺れて蝶々のように飛び立った。


リオはこの男性とはそれきり会うことがなかった。 


「男なんて女なら誰にでも優しくて気を持たせるんだよ。それでいて本命は必ずいるんだから。」


リオは八つ当たりのように言い放ち、

手にしたグラスを少々強めにコースターの上に置いた。

藍奈は いたずらな瞳を輝かせてキャッキャと笑い転げだ。


「考え過ぎぃー、何かあったわけ?」



リオは軽薄な行動をとってしまったあの時の自分自身に苛立ちを感じて、ピシャリと言う。


「くだらない男の話。」


藍奈はさらに笑い続けたが 、

深くは聞かずにいてくれた。

リオはランボルギーニの彼に恋をしていたわけでもなく、彼女の嫉妬をかう一芝居に使われたのだと思って腹の虫が収まらずにいただけだった。 


リオにとって恋人がいないことはそれほど問題ではなかったが、藍奈の幸せそうで大人びた優しさが少しだけ疎ましくなり、彼女の前で自分の愚かさを露呈することができなかった。


ふと見回すと店内の客は3分の1になっていた。

クリスマスJAZZが主役を取り戻したかのようにさっきよりもはっきりと聴こえている。

また一人誰かが入ってきて、細々ではあったが客足が途切れることはなかった。

粉雪がパタンパタと窓ガラスにぶつかって儚く溶け散る。

3杯目のシンデレラを注文すると時計は深夜の1時を指していた。

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