第4話 父親の死

リオは昨夜、お得意様に招待されたチャリティーパーティに参加していた。

仕事を早めに切り上げさせてもらい、18時半に到着するとホテルのロビーはすでに招待客で賑わっていた。

瑠璃色のイルミネーションが幻想的に揺らめき、深夜を過ぎても街路樹を照らしているのだ。

リオはクロークにコートと手荷物を預けたあと、ゲストブックに名前を書き込んだ。

エスコートカードを受け取るとドアボーイによって重厚な両開きの扉が開かれた。

座席はランダムになっていて、リオの隣には美しい横顔をした年配の女性が座っていた。


少し離れた場所から主催者である、ベージュのカクテルドレスのマダムがリオを見かけて小さく手を振る。



「ごきげんよう、お招きありがとうございます。」

リオはそばまで駆けより笑顔で挨拶したあと、やや深々と会釈をした。

マダムはリオの腕をポンとたたくと、


「もっと気楽にしてて。」


ウェルカムシャンパンを目線の高さまで持ち上げた後、次々にやってくるゲストへの対応に追われていた。

舞台上ではピアニストの軽快なMCで笑いが沸き起こる。

その後は若手バイオリニストが奏でるG線が会場の端々まで物悲しく響き渡る。

スクリーンに保護動物たちの悲惨な現状が映し出されると、周囲からはすすり泣く声が聞こえてきた。

リオは椅子と背中の間に置いたLadieDiorの中から手帳を取り出して紹介される書籍を書き込みながら、明日の予定が空欄になっていることにほっとしていた。


その夜、帰宅したのは夜中の12時を過ぎていた。

パーティ終了後には、ほんのりと酔いがまわり、

こんな時にはいつもの道のりが短縮されるような感覚になるので帰り道まで気分がいい。


最寄り駅は都心から電車で40分、日本一高額な運賃で知られている路線だが、空港にも近く駅前はカフェや外資系ファッションブランドが連なるビル群となっている。

北口を出てそこから25分ほど歩いたひっそりとした住宅街のなかにリオの自宅はある。

厳格なジョージアンスタイル住宅の角を曲がれば、フランスの古城のような淡いピンク色の家が現れる。

ファサードの西洋漆喰壁とシンメトリーに配置された玄関灯は職人である父の譲れないこだわりだった。


リオは手土産を自宅の玄関に置き忘れたまま

リビングのソファにに突っ伏してそのまま熟睡してしまった。

明け方になりうつらうつらした夢のなか、それは本当に突然だった。

耳元で低くはっきりとしたお経が地鳴りのように響き、リオは慌てふためいて飛び起きた。

リオにはそれが父の死を暗示するものだとしか思えなかった。

激しい胸騒ぎを抑えられずに急いで2階のリビングに駆け上がった。

父はすでに起きていて、いつものように暖かい日差しを浴びていた。

親子は互いになにかを言おうとしてじっと見つめ合った。


「どうした?」


父が言い終わらないうちにリオが口火を切った。


「どうしよう今朝ね、パパが亡くなる夢を見たの、大きくて低い音でお経が鳴っていた。」


平静を装っていた父は目を見開き、すべての動作を止めていた。


「..パパもな、自分が死ぬ夢をみたんだよ。喪服が空からすごい速さで飛んできて、こうやって首を締めるんだ、苦しくて取ろうとしても首に巻き付いて離れなかった。」


そして二人ともしばらく黙り込んでいた。

今度は父が重々しく言葉を発する。


「パパは、もうダメをかもしれないな。

キミは長女なんだ、アリアのこともよろしく頼む。」


父はリオの片手を引き寄せて強く、とても強く握っていた。

リオは言葉なく立ち尽くし、この記憶を胸に刻み込もうとしていた。


その3〜4年後に最愛の父は亡くなり

リオがこの夢を見たときに寝ていた場所には、父の棺が置かれていた。

妹と2人で白百合を手向けるとアリアの目から大粒の涙がこぼれていた。

リオは父との約束を思い返して冷たくなったその手を強く握りしめた。


遠くにいても近くにいても、いつも私達を見守ってくれた人。

そんな尊い存在を失ってしまった。

慰めの言葉すら耳に入らず、もう何も考えられなかった。

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