第26話 凶刃(後)
「あれはノースプラトーの軍団!? バカな!」
奴らが夜襲を仕掛けてくるなんて、初めてのことだった。
「ノースプラトーのやり方ではない。教会の奴らが関わっているな」
ハウルドが吐き捨てた。
教会と聞いて、一瞬、女騎士リーヴェルシアの顔が浮かんだ。しかし立ち塞がるなら、彼女といえども戦うしかない。
「ランス! 貴様は老婆を追い、フィリオリを取り戻せ!」
ハウルドは兵を叩き起こしてまわり、騎馬隊を集めて陣形を組むつもりのようだった。その途中、城のあちこちに潜んでいる黒装束の者が襲ってきた。しかしノースフォレスト最高の剣士、ハウルドは狼のような俊敏さと鋭い勘で、全て一刀のもとに切り捨てていた。
俺はそれを横目に、中庭を駆けた。奴はまだ城の、中庭にいるはずだ。この先にある外への城門は巨大な石造りで、人力で開けることは不可能だ。守衛の兵が装置を作動し、なければ開くことはできない
だが次の瞬間、重い鎖の引きずられる音と石が擦れるような音が響き、城門が開いていくのが見えた。機械を操作する守衛たちはすでに黒装束たちに倒され、城門の装置は奪われていた。
こんなにたくさん、入り込まれていたのか!
遠くからはノースプラトーの軍団が迫っているのだ。城門が開いていれば、騎馬たちがたちまち雪崩れ込んでくるだろう。そして城の中はこの黒装束たちが掻き乱す。さらにフィリオリは攫われた。完全に、敵の思惑通りにはめられているようだ。
一瞬、城の守備のことが頭をよぎるが、すぐに振り払った。城にはハウルドがいる。姐さんは俺が、取り戻す!
俺は厩舎(きゅうしゃ)に駆けこみ、愛馬にまたがるや否や、飛び出した。
見れば啓示卿も城門外に用意していたらしい馬に飛び乗り、雪を蹴り上げて駆けていくところだった。逃げる先は遠く平原の方角、あの無数に迫る松明と合流しようとしているのだろう。
馬を走らせていると、何人かの騎馬が並走してきた。
「ハウルド様から、お供せよと!」
騎士の声に俺は頷いた。駆ける先に夜の森が近づいてくる。こんな闇夜に森を走るのは危険だが、啓示卿は躊躇わずに森の中に入っていった。
遅れて、俺たちも森に入る。誤って太い木の枝にでも当たれば、落馬する。慣れているはずの森だが、それでも速度を落として慎重に進むしかなかった。
だが、それは奴も同じはずだ。しかも、奴はフィリオリを抱えて、二人乗りなのだ。順当に、落馬さえしなければ追いつける。
俺は逸る気持ちを抑えながら、前方に目を凝らしながら進んだ。
やがて森を抜け、平野に出たところではるか地平線の方に、敵の軍団の松明が目に入った。とんでもない数であり、わずか数騎の俺たちがどうこうできる数ではない。合流される前に、あの老婆からフィリオリを取り戻すしかない。
俺たちの前方に平野を駆ける数頭の馬が見えた。そのうち先頭の一騎だけを残して、他の数体の馬が旋回してこちらに向かってきた。黒装束がまたがっていて、手に短剣を持っている。
「馬上で短剣だと? バカめ」
「いや、油断するな。あれは囮で飛び道具など、あるかもしれない」
俺は他の騎士を諌めた。しかしどんな手で来ようと、この馬の速度を緩めるわけにはいかない。俺たちが突進すると、黒装束たちは短剣を投げつけてきた。
「こんなもので!」
俺たちが剣で短剣を斬り散らすと、その隙に今度は奴ら自身がとんでこちらの馬に飛びかかってきた。そして切先の向きから狙いがわかった。
「奴ら! 馬を狙っているぞ!」
俺は叫びながら、飛びかかる黒装束に突きを繰り出し、その体を貫いてから地面に落とした。しかし他の騎士の何人かは馬の額に剣を突き立てられ、暴れ狂った馬から落馬した。だがそれは、黒装束の方もただでは済まず、倒れた馬の下敷きになるものや地面に投げ出されて転がるものもいた。
「この者たち、命が惜しくないのか」
たとえ馬を殺せたとしても、走っている馬から飛び降りた黒装束たちもただでは済まない。仮面をかぶっているので表情は見えないが、恐怖が欠落しているような動きだった。
俺と無事だった数騎の騎馬は、逃げる老婆の馬に向けて速度をあげた。向こうは二人乗りで、平原での全力疾走ならこちらの方が速い。馬との距離は縮まっていき、このまま行けば奴が松明と合流する前に、あの中央にある小高い丘の辺りで追いつくことができるだろう。
そして後方の森の奥から、騎馬たちの駆ける音が近づいてくるのがわかる。見れば30騎ほどの白銀の騎士を率いて、ハウルドがこちらを追いかけてきていた。
俺はその勇ましい騎馬の賭ける音に鼓舞されながら、老婆を乗せた馬を一点に見据えて馬を走らせた。
老婆がひと足さきに、中央の小高い丘に差し掛かろうというときだ。
丘の上に人影がいることに気がついた。月は雲に隠れていて、その姿まではわからない。
啓示卿もその人影に気がついたのか、丘の近くでその人影を避けるように、馬の方向を変えた。それから唐突に、彼女が落馬した。馬は主人が落下した後もゆっくりと走り続け、フィリオリを乗せたまま、謎の人影の方に近づいていく。
月が顔を出した。あたりが照らされる。
丘の上に立っていたのは少女だった。夜より深い漆黒の髪を靡(なび)かせ、同じく黒いローブに身を包み、その首には銀に輝く月のペンダントを下げている。
魔女———思い描く空想上の姿を、そっくりそのまま切り取ったかのように彼女はそこに存在していた。
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