第25話 凶刃(前)

「敵襲!!」


 俺が叫ぶと俺の口を封じようと黒装束が飛びかかってくる。なかなか素早いが、正面に相対すれば見えない程ではない。俺はすれ違いざま、一刀で切り捨てた。


「敵襲だ! フィリオリを守れ!」


 俺は叫びながら石階段を駆け降りた。廊下を駆け抜けた先の、フィリオリの部屋のドアは開いていて、一人の衛兵が部屋の中に入るのが見えた。しかし次の瞬間、中から飛び出してきた黒装束に喉を切り裂かれ、血を吹きながら後ろに倒れた。


 黒装束は返り血を浴びながら、俺に気づいて突進してきた。俺は短剣の一撃を受け止め、何度か切り結んでから、その首を刎ねた。


 勢いそのまま、俺はフィリオリの部屋に飛び入る。


 中には3人の仮面の黒装束がいて、真ん中の一人は一際体が大きい。向かって左側の黒装束がフィリオリを抱えていて、短剣を手にしている。黒装束は三人とも怒りの表情を浮かべた仮面を被っており、素顔は見えない。


「そこまでだ! 姫の命はこちらが握っている」


 大きい黒装束が鋭く警告した。奴の両手の鉄甲にかぎ爪様の刃が4本ずつ伸びていて、その切先がフィリオリの喉にぴたりと当てられている。俺は動きを止め、低く、尋ねた。


「貴様ら……何者だ!」


 大柄な黒装束が仮面の奥から含み笑いをあげる。


「くくく、良い顔をする。なるほどなるほど、憤怒のやつが期待するわけだ」


 フィリオリは気を失っているらしく、反応がない。大柄な黒装束は手甲についたかぎ爪をフィリオリの喉から外し、俺の方に向けた。


「ガイツの坊やが世話になった様だね。あの子にあんな傷を負わせるなんて、どれその技、私にも見せてくれないか」


 黒装束の声は掠れていて、男にも女にも、若者にも老人のようにも聞こえる。両手につけた鉄甲から鋭い鉤爪が伸びていて、こちらに飛びかかってきた。俺が片方を剣で撃ち払い、間合いをとった。そこへさらに踏み込んで、黒装束が連続でかぎ爪を振ってくる。


 初撃を剣で切り払ったところに、もう片方のかぎ爪が振るわれ、俺は何とかそれを剣で受けた。両手で振るわれる、凄まじい回転の連撃だった。

 

 一本の剣では到底、受け切れるものではないな!


 受けに回ればやられると判断し、俺はかぎ爪を切り払いながら踏み込み、体当たりを喰らわせた。しかし、奴の大柄な体はびくともしない。俺はそのまま両手で抱き上げられ、高く掲げられた。


「ははは、坊や。可愛い抵抗だこと」


 俺は抱えられたまま、その脳天に剣を振り下ろした。奴の仮面の額に剣が当たると、仮面は二つに割れて、床に落ちた。俺が二撃目を放つ前に、奴は俺を勢いよく放り投げた。


 俺は後方に滑りながらなんとか石畳に着地し、体勢を立て直し、奴の素顔と対峙した。白髪に深い皺を刻んだ、老婆だった。こいつは…


「お前は、教会の啓示卿!」


「あら、覚えていてくれたのね。嬉しいわ!」

 

 老婆は目を見開き、深く笑みを浮かべた。その深い緑の目は爬虫類を思わせる目をしている。


「教会の者が、なぜ姉を狙う。ガイツとやらの差金か」


 式の時も、ガイツはフィリオリを攫おうとしていた。


「あの坊やの差金? 冗談はやめておくれ。あんな使いっ走りの若造に。それにこんな小娘に何の価値もないさ」


「では、なぜだ!」


「おまえさ、ランス」


 言いながら、啓示卿が俺に突進してきてかぎ爪を振るった。俺は一撃を外し、反撃に振るった剣を啓示卿が鉄甲で受け止めた。その顔がにやにやと笑っている。


「俺だと?」


 俺がさらに打ち込むと、啓示卿が後方に大きく跳躍し、天井近くの壁に張り付いた。人間を超えた跳躍力と、蜘蛛のように壁に張り付いた姿は人間のものではない。この老婆もまた、あのガイツという戦士と同じように、人間を越えた身体能力を持っている様だった。


「その通り、お前だ。怠惰の気まぐれを受け、傲慢に興味を持たれ、憤怒はおまえに期待している。同情するよ」


 同情のかけらもない、愉悦の笑みを浮かべて老婆は言った。


「特に憤怒は、最も危険な魔女だ。他の奴らと違い、あの女は本気で信じているようだしね」


「何を信じる?」


「我々の悲願が、貴様によって果たされるんだとさ!」


 そこで耐えきれないように啓示卿が高笑いをあげた。


「あははははは……! あの女、永遠の生に耐えかねて、とうとう頭が狂っちまったんかねえ! こんな貧弱な坊やに何を期待しているんだか!」


 石畳に反響し、金属の鳴る音と足音が聞こえてくる。この騒ぎに、兵士たちがこちらに駆けつけているのだろう。しかし、大柄な老婆はそんなこと気にも留めず、俺を見下ろした。


「さて、ランス卿。おまえの姉は今回のお祭りのメインディッシュさ。今夜、お前の目の前で八つ裂きにしてやるからね。せいぜい、長ぁく、大きな悲鳴をあげさせてやるさ」


「何だと」


 俺が目を見開く。身体中の毛が逆立つような怒りを覚えた。


「おほほほ、いい目だこと。なるほどなるほど、奴はこれを期待しているわけか。確かに、人間の憤怒こそ、我らに届きうる可能性かもしれないねえ。まあ、あたしにはどうでもいいことだけれど」


 啓示卿は床に着地すると、配下の黒装束が抱えていたフィリオリを奪い取り、その頬を長い舌で舐めた。


「他の奴の考えなんてどうでもいいのさ。あたしはね、おまえら人間が大嫌いでね、おまえらの苦しむ顔を見たくてたまらない。単純明快だろ?」


「汚い手で姉に触れるな」


「そうお前の姉だよ。見れば見るほど、あの高慢な糞女にそっくりだ! この顔をズタズタに切り裂いたら、どんなに良い気分だろうねえ」


 老婆が恍惚とした表情を浮かべたその瞬間、その額に矢が突き刺さった。啓示卿が目を見開いて矢の飛んできた方向をみると、そこへ大柄な騎士が駆け込み、目にも止まらぬ一撃で啓示卿の左手を切り飛ばした。かぎ爪のついた鉄甲が回転しながら床に落ちる。


「貴様は! 第一王子の!」


「首をもらうぞ!」


 乱入してきたハウルドの剣が振るわれるが、老婆は一瞬早く飛び下がった。フィリオリを抱えたまま、開いた窓のふちに着地する。


「邪魔が入ったね。追いかけておいで、ランス。あたしは気の短い女だ。待たせるんじゃないよ。わかるね?」


 老婆はかぎ爪をフィリオリの閉ざされた目に向け、かき切る真似をした。左手を失い、矢が額に深く突き刺さっているにも関わらず、まるで何事もないように老婆が笑っている。そのまま窓から身を投げ、フィリオリとともに夜に消えた。


 追いかける俺たちの前に残された二人の黒装束が立ち塞がるが、俺とハウルドが目にも止まらぬ一刀で一人ずつ斬り倒し、窓へ向かった。


 窓から外を見ると、片手のかぎ爪を壁に引っ掛けながら老婆が滑り落ちていくところだった。3階程度の高さまで行って飛び降りて着地し、城の中庭の闇へと消えていった。さらに俺は、遠く平原よりこちらに迫るものに気がついた。


 それは闇夜を照らす、見渡す限りに広がった無数の松明だった。

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