第19話 セレモニー

 入り口から祭壇までの通路を開けて、新郎、新婦側に分かれて広場の左右に広がった。


 祭壇にはステンドグラスからの陽光がさしており、そこへ立会人である老シスター、啓示卿が立っていた。啓示卿が深緑の目を大きく見開きながら、両手を広げて言う。


「お集まりの皆様方、大変長らくお待たせいたしました。新郎の準備が整いました。盛大な拍手でお迎えください!」

 

 馬に乗って登場する一人の騎士。豪勢な黄金の鎧と紅いマントを身につけ、羽飾りの兜で顔は見えない。


 馬の口輪をとる従者が進んでいく。同時に、なんとも言えない香りがあたりに充満した。きつい香料の匂いに微かに混じる異臭。祭壇の前まで馬が到着する。


「ノースプラトーが第一王子、マルドゥ様です」


 馬が方向を変える。王子マルドゥは馬に跨ったまま動かず、一言も発しない。啓示卿が代わりに言葉を続けた。


「さてお集まりの皆様方はご存知でしょうか。ノースプラトーでは流行している病、一夜のうちに人が干からび、黒く腐り、絶命する病を」


 黒く干からびた死体には覚えがある。故郷の川に流れ着いた死体がそうだ。だがなぜ、今その話なのか。俺は緊張を強め、啓示卿と王子を見据えた。


「しかしそれは病ではありません。人為的な魔術です。エルノール神聖教会にて毎日、神と対話をしている私にはわかります。これは悪しき力、すなわち魔女の呪いです」


 魔女の呪い…また魔女か。


「一体誰が、魔女の呪いをノースプラトーへ送り込んだのでしょう」


 ゆらりと王子の体がゆっくりと傾き、そのまま馬から落ちた。兜が外れ、干からびて黒ずんだ顔が顕になる。眼窩は落ち窪み、口は恐怖に絶叫するように開かれている。


 王子が死んでいる?


 参列した貴婦人たちの間で悲鳴が上がった。男たちは驚愕のあまり、声も出せずにいる。


「静粛に!」

 老シスターの声がする。


「さて、ノースフォレストの皆様方、魔女の呪いを送り込み、ノースプラトーの王子を殺害するなど、神をも恐れぬ所業と言えましょう。通常であればわからないでしょうが、残念ながら私、啓示卿がここにいる。神は全てを見ているのです。さて、罪を悔いる覚悟は整いましたか?」


 俺はただならぬ様子に身構え、近くの柱や周囲の地形を確認する。凍りついたような式場に、啓示卿の命令が響き渡った。


「やれ」


 頭上からいくつもの弓弦の音がし、矢の雨が降ってきた。阿鼻叫喚が響き渡り、一瞬にして辺りに血の臭いが立ち込める。


 俺は咄嗟に柱の影に隠れて、矢の死角に入っていた。やがて矢が止んだかと思うと、祭壇の下の隠し扉が開き、兵士たちが出てくる。来賓は俺を含めて丸腰だ。遠くでハウルドが、壁際沿いに走り込むのが見えた。


「ハウルドだ!奴をやれ!残りは雑兵だ!」


 誰かの号令に従い、武装した騎士たちが群れをなして丸腰のハウルドに襲いかかる。振るわれる剣とハウルドの間に躍り出て、その一撃を誰かが肩に受けた。


「ヴィンタス!」


 ハウルドが叫ぶ。ヴィンタスが受けた剣は深く、心臓近くまでめり込んでいる。しかしヴィンタスは剣を両手でしっかりつかみ、離さない。抜きにかかる騎士を、ハウルドが甲冑ごと殴り飛ばした。


「兄貴…奪ってやった。この剣で、やっつけてくれ。昔みたいに」


 ヴィンタスが言い終わる前に、ハウルドがヴィンタスの剣を引き抜きざま、敵の騎士の喉元を貫き、壁に叩きつけた。ヴィンタスは満足そうに笑い、肩を血に染めながら崩れ落ちた。


「この兄に任せておけ!」


 いいつつ、群がる甲冑の騎士たちと対峙した。


「ランス!フィリオリだ!フィリオリを探せ!」


 俺は頷き、ごった返す人の群れの間を駆け抜けて、外に出る。外は二つの国の騎士たちですでに乱戦になっている。白狼騎士団のハンスが俺に気付き、剣を投げてよこした。


「使え!」


「ありがとう!」


 俺は受け取った剣を手に、フィリオリの控え室がある2階へ続く階段を駆け上る。ノースプラトーの騎士が上階から俺に向かって矢を射かけてくる。それを駆け付けた騎士団のハンスとタルモが立ち塞がり、盾で防ぐ。


「行けぇ!ランス!」


 俺は盾の間から駆け上がり、弓を構えた二人を斬り捨てた。


 しかし、その後ろからさらに二人の弓兵が出てくる。俺は斬った一人を盾にし、ジリジリと近づく。そこへ追いついた同期二人が殺到し、弓兵二人を斬り捨てた。


 俺は、チラリと階下を見た。白狼騎士団は乱戦から立て直し、組織的な動きを見せている。ハウルドが血を流したヴィンタスを抱えながら、白狼騎士団と合流するのが見てとれた。ヴィンタスの顔面は蒼白で、ここからでも出血の酷さが見てとれる。


 ヴィンタス兄さん…


 気にかかったが、俺に託された役目はフィリオリの救出だ。俺は2階の狭い通路を掛けて、さらに二人を切り捨てた後、油の巻いた剣を投げ捨て、一人の剣を奪ってから控室のドアを蹴破った。濃い血の臭いが鼻につく。


「ランス!」


 フィリオリが叫ぶ。


「来てはダメ!」


「おいおい、せっかく助けにきた王子様だろ? 邪険にするんじゃねえよ」


 部屋の中には体格の良い男が一人、フィリオリの手を掴んで立っている。


 身長はハウルドと同じ程度で黒髪に鋭い眼光。革鎧に鉄の鉄甲を身につけ、一般的な剣よりも刀身が長い長剣を無造作に構えている。


 男の足元には数人のノースフォレストの騎士が血の中に沈んでいた。

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