第18話 真紅の麗人

 結婚式と披露宴は、1階の大広間にて行われる。


 広場は3階までの吹き抜けとなっており、はるか上空のステンドグラスから太陽の光が降り注ぎ、あたりを照らした。テーブルの上に並べられたパンやワイン、肉料理の香ばしい香りが当たりに満ちている。


 礼拝堂内では武器の持ち込みは許されず、王族とごく近しい関係者のみの参列となっている。また式の立会人として、エルノール神聖教会の本国より派遣された要人が参式していた。


「今日が素晴らしい日になりますよう」


 中央の奥の祭壇で老いたシスターが祈りを捧げた。白金や真珠で美しく装飾された法衣とベールを身につけた彼女は神聖教会の司祭だ。


 その老シスターを護衛するように、礼服を着込んだ騎士が立っていた。黄金の髪を後で束ね、真紅の男性用の礼服を着ているが、華奢なシルエットと美しい顔立ちは女性のものだった。


 挨拶を終えた司祭の騎士の周りに、ノースプラトーの貴族たちが集まる。ミッドランド本国よりやってきたこの二人は相当な権力者らしく、貴族たちも頭が上がらない様子だ。老シスターは微笑んで、男装の女騎士は無表情のまま応対している。


 俺はそれを横目で見ながら、式が始まるのを待っていた。フィリオリと第一王子はそれぞれの控え室で入場の準備をしているはずだ。


 しかし、予定の時刻から半刻ほど過ぎても、一向に式が始まらない。城内の参列客たちがざわめき始めているところへ教会の伝令が現れ、王子の支度が遅れていること、これから30分の自由休憩となることが告げられた。


 花嫁ではなく、王子側の支度で遅れているのか?


 俺は少し不思議に思ったが、深くは考えなかった。

 ただ待っているのも手持ち無沙汰だったため、式場内から外へ出てバルコニーに風に当たりに行った。丘の下を見ると、両国それぞれが100名ほどの騎士が待機しており、堂々たる布陣が陽光を受けて鋼鉄の海のように煌めいている。


「見事なものだな」


 声がして俺が振り向くと、王族に相応しい礼服を身につけたヴィンタスが立っていた。いつもより若干痩せてみえた。


「ああ、俺は着痩せするタイプだからな」


 視線に気づいてヴィンタスが言った。


「それで、ランスよ。会場の様子はどうだ?」


「入口を固めているのは白狼騎士団です。有事ともなれば彼らが働いてくれるでしょう」


「そういう話ではない。いいか、ランス。未婚の男が式場で行うことはただ一つ、将来の花嫁を探すことだ。お前もそろそろ相手の一人や二人、見つけておくべきだ」


 言いつつ、ヴィンタスは物色するように周囲を見渡した。貴族たちに混じって着飾った貴婦人たちが談笑をしていた。ヴィンタスは無遠慮に視線を向けながら、


「よりどりみどりではないか。ちょうど良い、俺が何人か連れてきてやろう」


「いや、兄さん、ちょっと待…」


 その時、バルコニーへの扉が開いて一人の騎士が入ってきた。


 先ほどの教会の司祭を護衛していた、黄金の髪を束髪アップシニヨンにして真紅の礼装を身につけた、男装の女騎士。


「おいおい、ランスよ。あの神官騎士殿はかの討滅卿ではないか?」


「討滅卿?」


「エルノール神聖教会に中心にいる7人の枢軸卿の一人だ。簡単にいうと教会で最も偉い7人の一人。その中でも彼女は討滅卿だから、魔物退治の統括だ」


「では、かなりの腕前なのですね」


 女性騎士というだけでもここノースティアでは珍しいのに。俺は興味を持ち、その姿を目で追いかけた。


 確かに佇まいは凛としていて落ち着いており、一つ一つの何気ない動きに隙がない。彼女を目で追いかける俺を見て、ヴィンタスがにっと笑った。


「なるほど、お前はああいうタイプがいいのか。少し高音の花だが……いや、声をかけねば何も始まらないからな」


「え? ちょ……」


 止める間もなく、兄は真紅の麗人へ声をかけに行ってしまった。


 ちょっと待ってくれ、いきなりか。俺は戦場とは違う緊張感で背中を汗で湿らせた。そもそも、こういう場は苦手なのだ。


 ヴィンタスが何事かを言うと、その女性騎士がこちらに眼を向けた。落ち着いた表情だが、真紅の眼差しは貫くような強い光を放っている。二人は話しながらこちらに歩いてきて、兄が俺の肩に手を当てて紹介した。


「そういうわけで、こちらがお話しした弟のランスです。かの白狼騎士団の精鋭です」

 

 女性騎士は表情を崩さず、スッと俺に手を差し出した。


「初めまして、ランス卿。私はミッドランドの神聖教団より派遣されて参りました。リーヴェルシアと申します」


「初めまして。白狼騎士団のランスです」


 握手を交わした。彼女の手は小さく、剣士とは思えないほどに滑らかで綺麗な手をしている。


 彼女は手を離して、言った。


「白狼騎士団とハウルド殿下の勇猛さは私たちの故国ミッドランドにも届いています」


「我々はそのハウルドの弟なのです! そしてこちらのランスはハウルドと互角に撃ち合った男」


「いえ、兄上。それは誇張されすぎです」


 どう見たら互角なのか。先日もコテンパンにのされているのだ。


「この謙虚さも弟の良いところです。さあ、ランス。俺は少し向こうの貴婦人たちと話してくるから、少しお相手してもらえ」


 ヴィンタスは一方的に言い、俺の肩を叩くと振り返らずに貴婦人たちの方へ行ってしまった。俺は呆気に取られていると、リーヴェルシアの方から声をかけてきた。


「白狼騎士団のことを聞かせてくれませんか?」


 平坦な声音だが、静かな泉を思わせる澄んだ声だった。


 俺がいくつか戦場のエピソードを話すと、その都度、質問をしてきた。戦術やその時の心構えなど、お互い実戦に身を置くものとして話が弾んだ。


 そんな中、リーヴェルシアが特に気になった様子だったのが、白狼騎士団の信条だった。俺たちは国や王家、人民を守ることを第一に考え、自らの命はその次に置いている。俺はそのことを説明し、


「確かに、私と仲間達は命を惜しみません。私たちの剣と命は、王家と国のためにあります」


「ご自分の命より王家が大切なのですか?」


 真紅の瞳が真っ直ぐに俺を見ている。まるで心の奥底まで見通すような視線だった。


 俺は少し気圧されそうになりながらも、真っ直ぐに視線を受け止めて答えた。


「もちろんです。あなたたちの国では違うのですか?」


「違います。王家のために自らの命や財産を投げ打つようなことはありません。名誉や義務よりも、自らの利益のために動くのです。人間とはそういうものだと、考えていましたが」


 彼女が淡々と語った。俺が疑問を口にする。


「自分の利益ですか。上に立つものが自分の利益を優先してしまっては、その下の民を誰が守るのですか? 王家が守ってくれるからこそ、人民は国のために力を尽くすのです」


「理想としてはそうでしょうね。しかし実際のミッドランドでは、領主は自らの利を求めて圧政を行い、民が苦しんでいるということが珍しくありません」


 俺には信じられなかった。


 このノースフォレストでは上も下も関係なく、各々が与えられた役目を果たすことに誇りを持っている。俺はそのことを語り、


「人は生まれたときから役割を持って生まれてきているのです。その役目を果たすことで、国が強く、続いていくのです」


「生まれながらの役割、ですか」


 リーヴェルシアは少し考えてから、


「それは例外なく、全員ということですか? 私にも役割はあると思いますか?」


「もちろんです。特にあなたは、他の者たちより強い役割をお持ちではないですか」

 

 討滅卿という、教団を率いて魔物を討伐する大役を持っているのだから。


「私の役割」


 リーヴェルシアは呟き、さらに俺に尋ねてきた。


「その役割は、? 人間ではない存在にも、何かの役目や、意味があると考えますか?」


「人間ではないもの……ですか」


 俺はエルフの友人を思い出す。


「はい、人間ではないものでも、時には人間より大きな役目を持っていることがあると思います」


「で、あるなら…」


 リーヴェルシアの瞳が少し揺らいだような気がした。


「この世界はなんて残酷なのかしら」


 それはどういう……俺が意味を確かめる前に、礼拝堂の中から鐘の音が鳴り響いた。


「式に参列の皆さん、中にお集まりください!」

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