第11話 花色の乙女
「私も、あなたの故郷に行ってみたいのです」
ローブの下の目が真っ直ぐに俺を見ている。先日の儚げな様子ではなく、吹っ切れているように見えた。
「姉さん。私は1週間ほど滞在するつもりです。あなたがいないことが知れたとき、父や兄が心配するでしょう」
「大丈夫です。手紙を頼んであります。私たちがランスの故郷に着く頃、それは王城に届くでしょう」
フィリオリの本気を悟り、俺も覚悟を決めた。あとで俺は父や兄に罰せられるかもしれないが、彼女の気持ちを優先させることにした。
「わかりました。ではせっかくなので、私の故郷を案内しますよ。私の友人も紹介します」
「本当!?嬉しい!」
フィリオリが表情を輝かせた。
「馬には乗れますか?」
「もちろんです。これでも、一通り馬術の経験はあるのですよ」
俺は栗毛のノルディンの背に
「お見事。確かに慣れたものですね」
「私だって白狼の王家の血筋なのですから。見くびってもらっては困りますよ」
「それは失礼しました。でも道中は落ちないよう、しっかりと私に捕まっていてください」
「はい」
フィリオリが俺の背中にしがみついた。俺はゆっくりと、ノルディンの歩を進ませた。道中で何人かの知り合いに声を掛けられるが、まさか後ろのフードの女性が第一王女とは誰も思わなかった。
王都を後にし、田舎道に出た。平原に踏み固められた土の道が続いている。ここ数日は快晴が続いたため、脇道に雪をわずかに残すだけで、道路の土は乾いていた。
すっかり遠くなった王都を背にフィリオリがフードをとった。銀の髪が解放され、風に舞う。晴天の下、彼女の表情は輝いて見えた。
「ランスのこと、弟だと思っていたけど」
フィリオリは風に負けないくらい大きな声で語りかけてきた。
「こんなにも大きな背中をしているのね」
「騎士ですから!」
俺が答えると、フィリオリは額を俺の背中にくっつけてきた。背中に伝わる振動から、フィリオリが笑っているのがわかった。
そう、道中のフィリオリはよく笑った。
王城にいるときの控えめな笑いではない。俺はあの上品な姉が、こんなに大きな声を出せるなんて知らなかった。
出る前は長い道中と思っていたが、あっという間に時間が経ち、日は傾く頃には故郷の村に到着していた。
遠く南の方角に霊峰と、そこから湧き出る温かい川と泉が見える。俺は懐かしい風景に少年時代の記憶を重ねた。
故郷の村では知り合いが少ないと思っていたが、いざ着くと多くの人たちに声を掛けられた。
「あのランスが立派になって」と、涙ぐむものさえいた。
子供の頃は気が付かなかったが、今思えばたくさんの人間に世話になっていたことに思い至る。体の弱い母と、何も知らない子供の俺が生活できていたのは、近所の人たちのさりげない気遣いのおかげだった。
道中、フィリオリの美貌は道ゆく人の視線を集めたが、流石に第一王女だと疑うものはいなかった。道ゆく人の視線を集め、フィリオリが恥ずかしそうにフードを被り直す。
俺たちは村に一軒の宿に着くと、俺たちの他に客の気配がしなかった。
宿屋の主人はフードを外したフィリオリに目を奪われてから「ベッドは1つでいいか」と聞いてきた。俺とフィリオリは「2つです」同時に答える。
フィリオリの表情は見えなかったが、耳が赤くなっているのがわかった。
次の日の早朝、俺とフィリオリは馬のノルディンに乗って、その名前の元になったエルフのノルディンに会いに行くことにした。
俺は実際に行くのは初めてだが、遠い過去のノルディンの話によれば、霊峰へ続く道沿いの、森の奥に家があるとのことだった。主道はほぼ一本道で、迷うことはないだろう。
霊峰が近づくと温かい泉の数が増え、その周囲の色とりどりの花が目につくようになった。俺たちは半日ほど馬で進み、泉の花畑の一つで馬を止め、休むことにした。
「こんなたくさんの色の花、王都でも見たことはありません!」
<挿絵>
https://kakuyomu.jp/users/ichigo_0515/news/16817330669505652654
フィリオリが目を輝かせて言った。容姿が花を印象させるように、フィリオリ自身も花が好きで、場内に小さな庭園を持って世話をしていた。
だがノースフォレストは冬の厳しい地であり、野に咲く花は少なく、王城の庭園に咲いている花も種類が限られていた。フィリオリは初めて見る色とりどりの花に囲まれて、子供のようにはしゃいでいた。
「ランス、見てください!」
フィリオリが指差したところに、一匹の狐がいた。狐はこちらに気づくと、するすると花の間を抜けて奥の方へ走っていった。その先に、たくさんのリスや小鳥が群がっているのが見えた。
「動物たちが集まっています。行ってみましょう」
フィリオリが俺の手を引いてそこへ近づき、そこで人影に気づいた。
そこには10歳くらいの女の子が、花の中で眠っていた。
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