第6話 白狼騎士団
「いやあ、よくやったぞランス」
自分の部屋に戻ると、ヴィンタスは上機嫌に笑った。
それもそのはずで、ハウルドの乱入があったものの、結果的には誰にもバレることなく御前試合を終えることができたのだから。
その時、コンコンと、ノックの音がした。
「おっと誰か来たな。怪我人は寝ていなければ」
ヴィンタスは慌ててベッドに潜り込んだ。
「ヴィンタス兄様、フィリオリです」
「おお、我が妹か。鍵はかかっていないぞ。入りたまえ」
「失礼します」
美しく着飾ったフィリオリがドアから入ってきた。
御前試合の時は気が付かなかったが、白い花びらを思わせるドレスを着て、長い銀髪をアップにし、いつもより大人びて見える。
「ランスもいたのですね」
フィリオリが微笑んだ。
汚れなき姉の姿を何となく直視ができず、俯いて「はい」と答えた。
「ヴィンタス兄様!傷の具合はどうですか?」
「大丈夫、たいしたことはない。私は父上に似て丈夫なようだな」
それはそうだろう、無傷なのだから。
俺の方は撃たれた肋骨が痛み、背中から汗が伝って流れ落ちた。しかし気づかれないように、直立不動で平然を保っている。
「なるほど、それは結構なことだな」
フィリオリの後ろからハウルドがドアの上枠を潜って入ってきた。場の空気が一瞬にして固まる。
「俺の一撃を受け、肋骨の数本は折れていると思ったが。さすがは俺の弟だな」
言葉と裏腹にハウルドの目は冷たかった。そのまま俺の方に近づいてくると、唐突に俺の胴を拳でついた。
「ぐぉ……!?が……」
稲妻のような痛みに俺はその場で
「なるほど、お前だったか、ランス」
その言葉にヴィンタスが青ざめ、フィリオリがはっと俺を見た。
しかしハウルドはニヤリと笑うと、
「俺に仕えよ。たった今より、お前の所属は白狼騎士団だ」
それだけを言うと、踵を返して部屋から出ていった。
残った三人は呆気に取られて、兄の出ていったドアを眺めていた。「助かった、のか」ヘナヘナとヴィンタスがベッドに倒れ込んだ。
「すごいわ、ランス!」
フィリオリが目を輝かせて俺の手を取った。
「白狼騎士団は兄の率いる、ノースフォレスト最強の騎士団です」
「私が、ですか?」
「あ、ああ。これは祝杯だな。俺が祝勝会を手配してやる。なーに、店のことなら俺に任せろ」
ヴィンタスは笑ってランスの肩を叩いた。
肋骨に響いて悶絶したが、しかしヴィンタスやフィリオリの喜ぶ様子に自然に笑みが溢れたてきた。
「白狼騎士団か」
呟いてみると実感が少し湧き、何より二人が喜んでくれることが嬉しかった。
次の日に修練場に行くと、見習い騎士たちの態度が変わっていた。
いつも俺をしごいていた教官が直立不動で立っており、
「ランス様!お話は聞いております!さすがは偉大なる王の血を引く御子であられる」
追従するような笑みを浮かべている。
ランス、様、か。
昨日までは俺を平気で蹴飛ばしていたのに、人の変わり身の早さに驚きと怖さを感じた。
その日から、俺の日常も一変した。一月ほど傷を癒す休養を言い渡されたのだが、その間に城外に新たな住居が与えられた。住居に戻ると使用人たちが総出で俺を迎え、新しい主人を歓迎してくれた。
俺の噂はあっという間に城下にも広まったらしい。街へ出れば、羨望の目で見る民衆の姿があった。それまで私生児として腫れ物のように扱われていた俺が、一転して王の血を引く期待の騎士として扱われた。
戸惑いながらも、月日が流れていった。安穏とした日々はあっという間に過ぎ去り、傷が癒えて、白狼騎士団の修練場へ向かう。
城壁の内側の一角にあるその広場で、戦士たちの激しく剣を打ち鳴らす音や、気合の声が響き渡っている。明らかに今までの修練場とは空気が違っていた。以前の修練場は寄せ集めの騎士たちで腕も志もバラバラだったが、ここにいるものは皆、心の底から国と兄に忠誠を誓い、才気に溢れた者たちだった。
騎士たちは俺の姿を見るなり、訓練をやめて俺を取り囲んだ。体格も大きいものが多い。俺は若干、圧倒されながら、頭を下げた。
「今日からお世話になります。新人のランスです」
「噂は聞いてるぜ」
すると騎士の一人が俺の肩に腕を回した。
「ハウルド殿下の剣にやられて一ヶ月、寝込んでたそうだな」
「一ヶ月で済んで良かったじゃねえか。あの暴力王子は加減を知らねえから」
「ははは、まったくだ……って、あんた殿下の弟なんだって?殿下には今の話、黙っててくれよな」
俺は呆気に取られて、周囲を見まわした。皆、一様に笑っている。
「歓迎するよ、ランス。けど訓練中は、容赦しないからな」
騎士の一人が俺に手を差し出した。俺はそれを強く握り、頷いた。
男の言う通り、訓練は今までの数倍、厳しかった。これまでのひたすら実践を繰り返す形式とは違い、足捌きや剣の振り方など、こと細かに教えられた。だが剣の理合いを学ぶのは楽しく、実戦での動きの幅が広がっていくことに高揚した。
ハウルドもよく顔を出し、訓練に参加していた。訓練中の兄は声を荒げたりなどせずに淡々としているが、しかし容赦のないのは相変わらずだった。彼は俺にもよく声をかけた。
「貴様は剣だけは多少使えるが、そのほかはまるでなってないな」
確かに、俺は剣の腕だけならここの者たちに引けを取らなかったが、馬術や陣形の理解はほとんど経験がなく、俺だけ別メニューでの特訓を余儀なくされた。
「だからと言って、剣の訓練で遅れをとることは許さんぞ。終わったら俺と撃ち合え、ランス」
言葉通り、夕暮れどきに俺の元にやってきて、今度は真剣ではなく、訓練用の木剣を石畳の床に放った。
訓練後で疲れていたとしても、ハウルドが容赦するわけがない。兄の気が済むまで、俺は付き合わされた。御前試合の時よりもさらに撃ち合えるようにはなっていたが、それでも兄との撃ち合いのあとはすぐに動けないほどに、疲労した。
「今日はこれくらいにするか」
「……はい」
俺はそのまま訓練所の床に大の字になって寝転んだ。その様子を満足げに見下ろし、兄は去っていった。一人取り残され、俺が独りごちる。
「訓練の最初の頃も、こんな感じだったな」
全身、アザだらけだ。しかし、ありがたい。
ハウルドの剣を間近で見て、味わう。
「ふふ」
思わず、笑みが込み上げた。
「おいおい、ランスのやつ笑ってるぜ」
「頭を打ちすぎたのか?」
二人の騎士が寄ってきて、俺の顔を覗き込んだ。気味が悪そうな顔をしている。俺はハッとして、緩んだ頬を抑えた。
「ったく、ありゃあ狂人だぜ。ハウルド殿下のしごきにも困ったもんだな。俺たちを家畜かなんかと勘違いしてるのか?」
「おいおい、馬だってもっと大切に扱われてるぜ。なあ、ランス、立てるか?」
一人が俺に手を差し出し、俺がそれを取った。
「ありがとう、ハンス」
ハンスはふっと笑った。ハンスは俺より2歳年上の、19歳だった。癖のある栗毛で、屈強な戦士の肉体だが、顔にはまだあどけなさが残っている。
「しかし俺たち、もうすぐ初陣に参加らしい」
もう一人の、のっぽのタルモが緊張した様子で言った。焼けた肌に短く刈った黒髪の長身だが、見た目の割にナイーブな性格をしている。
初陣か。
隣国、ノースプラトーとは大規模な戦闘こそないものの、小競り合いが続いている。
小競り合いとはいえ、死人が出ることだってあるのだ。
だが、初陣のことを考えると、緊張よりも胸が高揚するのを感じた。
やっと、だ。
やっと、自分の責務を果たす場を得る。俺は決意を胸に立ち上がった。
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