第3話 白狼の兄妹たち
「王がお前のようなものに会うはずがなかろう」
王城の門を守る衛兵は冷たく言い放ち、俺を手で追い払う仕草をした。父から贈られたという母のブローチを見せるが、
「そんなものが何の証になる。話は終わりだ、さっさと帰れ」
衛兵の槍の柄で押されて、俺は後ろによろめいた。
そんな中、一台の馬車が通りかかった。四角い形状で金箔や宝石が施された豪勢なものだ。その中から声がする。
「どうしたどうした、揉め事か?」
「これはヴィンタス第2殿下。新手の物乞いを追い払っている最中でございます。わざわざ殿下のお耳に入れることではありません」
馬車から出てきたのは、身なりの良い小太りの男だった。まだ若く、歳は二十歳前半と行ったところで、銀髪に灰色の目をしている。
「いいから話せよ。俺はその下々の揉め事が大好きなんだ。頼むぜ」
衛兵がヴィンタスと呼ばれた第2王子に事情を説明し、母のブローチを見せた。
「これはこれは。門番くん、君も運がないな」
「は。と、申しますと?」
「このブローチの花の紋様は確かに、王家のゆかりのあるものだ。とんでもない失態をしでかしたものだ。が、まあ俺の顔に免じて黙っててやる。なあ、お前も許してやれよ」
ヴィンタスが不意にこちらに話の矛先をむけ、呆気に取られていた俺は頷くしかなかった。
「失礼いたしました!」
顔面蒼白になった門番が俺に勢いよく頭を下げた。ヴィンタスはニヤけた顔で門番の肩を叩いてから、馬車に戻った。
「よお、あんた。まあ何かの縁だ。馬車に乗りなよ」
俺は言われるままに馬車に乗った。扉が閉まって人の目がなくなると、ヴィンタスがブローチを投げてよこし、受け取って、俺は頭を下げた。
「ありがとうございます。ヴィンタス殿下。しかしブローチに刻まれた紋様が王家のゆかりのものとは知りませんでした」
ブローチには美しい花を模した紋様が刻まれている。
「まあ、知らないだろう。それはちょっと昔に貴族のご婦人方の間で流行った紋様だ。その花の花言葉は秘められた愛」
「? それはどういう」
「父上殿のすけべ心といったところさ。まあ、君が本当に俺の弟なんだとすればね」
「王家の紋章ではないということですか!?では、どうして私を信じてくださったのです?」
「悪いが信じたわけじゃない。嘘か本当かなんてどうだっていいが、なんだか面白そうじゃないか。あの堅物の父親に不義の子だなんてね。」
「不義ですか」
「あの厳格な父が村の娘に手を出して、子まで作るなんてなあ。若さというのは恐ろしいものだな。君を見た時の父の顔が楽しみだ」
ふひひひ。愉快そうに小太りの王子が笑った。
俺はブローチを大事にしていた母の顔を思い出し、押し黙った。
ヴィンタスの口添えがあったからか、その日のうちに俺は父王との面会が叶った。
王の間に通された俺は赤い絨毯の上で片膝をつき、首を垂れた。
「面をあげよ」
父の声に従い、俺は顔をあげた。銀髪に銀の目、王冠を被った気難しそうな中年の男が玉座に座り、無感動にこちらを見下ろしている。
「確かに、王家の顔立ちをしているな。要件を話してみよ」
「恐れながら王様、私はランスと申します。私の母、フレイをお覚えでしょうか。先日、母は流行病でなくなり、私は天涯孤独の身となりました」
母の死を伝えても、王の表情は微動だにしなかった。
父の無関心さに怯みそうになったが、意を決して言葉を続けた。
「母からいつも、いつかはあなた様のお役に立てるよう言い聞かされ、育ってきたのです。どうか私を、あなた様に支えさせてください」
「我らが初代王は一匹の白狼の化身だと言われておる。つまり、お前に白狼の血が流れているということだ。その名に恥じぬ勇猛な働きが約束できるか」
「はい、約束します」
「二人の兄と一人の姉、王家と国を、命をかけて守れると誓うか」
「誓います」
「よかろう。今日よりお前の命は自身のものではないと知れ。兄や姉を守るため、この国家の礎としてお前の命はある」
そして俺は、このノースフォレストの見習い騎士となった。王城の外れにある小さな小屋が与えられ、そこに住むことになった。
父との一連のやり取りに、親子の情はかけらも感じられなかった。だが、構わない。
ノルディンの顔を思い出す。今もきっと、俺のことを案じてくれているだろう。血は繋がっていなくても、たとえ遠く離れていても、一人ではないと思わせてくれた。
翌日から、俺は見習い騎士の修練場に通い始めた。
「今日からお世話になります。見習いのランスです!」
見習い騎士たちは俺を一瞥するが、返事はなかった。王の私生児という俺の出自はすでに広まっているようで、話しかけてくるものはいなかった。
厳しい教官の号令と共に、剣や槍、乗馬といった騎士になるための修練が始まる。
剣の練習は実践形式が多いのだが、村育ちの俺はもちろん、剣など練習したことはない。相手の見習い騎士は俺が素人と知って明らかに見下しており、ニヤニヤしながら木剣で打ちつけてきた。
何とか1日を終え、ヘトヘトになってベッドに倒れ込むも、打ち身が熱を持って眠れなかった。
そう言ったことが毎日、続く。1日1日、体力が削られていき、万全でない俺はさらに酷くやられるようになった。王の血筋を引きながらもまるで剣の使えない俺は、当然のように嘲笑の的だった。
しかし胸にあるのは常に母の言葉だった。
「己の責務を果たしなさい」
形見のブローチを握り、母の言葉を繰り返した。
「剣を磨き、兄であるヴィンタス殿下や、まだ見ぬ他の兄上たちを助ける」
それが俺の役目だ。周りの嘲笑などにかまっている暇はない。
それからも1日も休まずに、修練場に通った。一月も経つと打ち身の数も減り、他の見習い騎士にも一太刀入れられることも増えてきた。
そんなころ、一人の男が修練場を訪ねてきた。
騎士たちの中でも一際大きな体格と引き締まった肉体を持ち、短く刈った銀髪、口から耳にかけて大きな傷跡がついていて、歴戦の迫力を出していた。
その巨漢が俺の前で足を止めた。
「父がよそで作った子はお前か」
第一王子のハウルドだった。値踏みするように俺を見つめ、剣を地面に放った。乾いた金属の音から、真剣だと気づく。
「その剣を拾え。本当に王家の血を引いているのか、試してやる」
「お兄様!」
一人の女性が走り出てきて、俺を庇うようにハウルドの前に立ち塞がった。
長い銀髪が広がり、花の香りがする。
「この方は剣を初めて間もないのです。それなのに真剣で立ち会うなど」
「我ら王家は白狼の血筋だ。闘争本能こそがその血の証。真剣でなければ、我らの血は示せない」
そう言うと、ハウルド自身も鞘を投げ捨てて抜き身の剣を構えた。
「お兄様!そんな、大怪我をします!」
「良いのです」
俺がその華奢な肩に手を置くと、彼女がこちらを振り向いた。
大きな銀の目に柔らかで丸みを帯びた唇、長い銀の髪を持つ美しい彼女は、月の女神のようだった。俺は言葉を失い、彼女の顔を見つめた。
一瞬ののち、彼女の不安げな表情に気づいて、俺は我に返った。
「私はハウルド様に仕えるためにここにきたのです。もし何かがあったとしても、それは俺の本望ですから」
「兄は国一番の剣の達人で、容赦のない人です!恐ろしくはないのですか?」
「恐ろしいです」
正直に言った。王家の初代が白狼の化身なのだとすれば、彼はその血を色濃く継いでいる。その眼差しは狼のように冷徹で、揺るぎない。
「俺が恐ろしいか。その割には、怯まずに真っ直ぐとこちらを見返してくるな。生意気なやつだ」
ハウルドが真剣をぶら下げ、無造作に間合いを詰めてくる。
「お下がりください!」
俺は女性を手で下がらせると、剣を拾い鞘から抜き放った。
真剣を握るのは初めてで、試合用の木剣よりもずっしりと重い。
瞬間、ハウルドの剣が素早く横薙ぎに動いた。俺の剣がかろうじてそれを受け止めたが、衝撃を受けた剣が胸に食い込んで圧し、俺は大きくよろめいた。手が痺れ、剣を落とさないようにするだけでやっとだった。
さらに逆薙ぎに剣が振るわれ、俺の剣を弾き飛ばした。丸腰になった腹に兄のブーツがめり込む。俺は腹を押さえ、膝から崩れた。その顎を蹴り飛ばされ、視界が天井を向いたかと思うと、そのまま地面に体が叩きつけられた。
「立て。次だ」
こちらを見下ろし、短く言った。
俺はよろめきながらも、なんとか立ち上がった。
視界が歪み、割れるように頭が痛んだ。歯の奥に酸っぱい味が広がっていて、吐き気が込み上げてくる。
そこから試合とは名ばかりの凄惨な暴力が始まった。
俺は何度も蹴り飛ばされ、目は腫れて前がよく見えなくなった。
もはやどこが痛むのかわからないくらいだったが、俺は何度も立ち上がった。
恐怖はなかった。
あの冬の嵐の日と一緒である。
母の顔が浮かび、そしてノルディンの顔が浮かんだ。
己の与えられた役目を果たす。
この王子に王家の血筋を引いている証、闘争本能を見せつけるのだ。
「がああああああ!」
俺は吠えた。
周りの音は聞こえない。
目の前もよく見えない。
剣を握る手にひたすら力を込め、がむしゃらに振るった。
しかしそれは容易く受け止められ、頭部に鈍い衝撃が走ったかと思うと俺は地面に叩きつけられた。目の前が暗く、意識が失われていく。
「なんてこと!誰か、彼を助けて!」
必死な女性の声がするが、それもすぐに聞こえなくなった。
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