【短編】Over dying game(オーバー ダイング ゲーム)

竹輪剛志

本編

 インターネットの掲示板、そこで噂される都市伝説の中にこんなものがある。

『殺風景な部屋でゲームをする。その勝者には、究極の死が与えられる。その死に一切の苦痛は無く、死んだ瞬間に世界は”死亡者が生まれなかった世界”に書き変わる』

 もちろん実際に語られる物にはもっと余分な事柄がついているが、要約するとこんな内容である。都市伝説らしく、これ以上の情報は無い。殺風景な部屋とは何処か、ゲームの内容とは、そして究極の死とは。

 多くの人々にとって、この話はちょっとした恐怖を味わい、少しばかりの好奇心がそそられるもの。所詮、都市伝説であった。……それも当然である。何故なら、このゲームへの招待状は、本当に死を望む者にのみ、送られるのだから。


 ゲームの名は、『Over dying game』。


  ◇


 始まりは一通のメールからだった。二日酔いに苦しみながら覗いたスマホに『ゲーム招待』という件名の通知が来ていたのだ。差出人はよく分からない英数字の羅列。本文は非常に簡潔で、

『Over dying game 東京都○○区◇◇……』

 ゲームの名前と、住所だけだった。それ以外には何も無く、殆ど迷惑メールと変わり無いような内容であった。けれど、そのゲームの名前には聞き覚えがあった。

 一時期、ネタ探しに都市伝説を一通り読み漁った。その中にこんな名の都市伝説があったのだ。その名をコピペして検索をかけると、無事にヒット。昔に読んだことのある話が幾つか見つかった。次いで住所の検索をした。すると、何処にでもありそうな小さなビルがヒットした。

 ……どう考えてもいたずら要素しかない。そう結論づけて、スマホの電気を落としてベッドに放り出した。

 東京都内、キッチン併設一部屋のみの小さなアパート。他にはユニットバスだけ、家具はベッドと机、その上にあるノートパソコン。床には酒の空き缶が転がっている。

 窓を開けて、タバコを一本取り出す。火をつけて吸うと、たちまち脳がキンキンと絶好調になる。その勢いでノートパソコンを開き、文書ソフトを起動した。タバコにより冴えた頭で文章を考える。内容は、未定である。とりあえず、何か面白い記事を書けばお金が貰える。

 十分、三十分、一時間。ソフトとにらめっこ。けれど、それは未だ白紙のまま。アイデアすら出てきやしない。イライラして、タバコをもう一本取り出した。それを吸うと、モヤモヤとした思考が急激にクリアになって、何も書くことが無いという事実を冷静に再認できた。

 ……さて、どうしよう。ベッドで横になり、都会の喧騒に耳を傾けながら思考する。聞こえるのは車の通り過ぎる音だけ。

 ――車に轢かれたら、楽になれるな。死は損失なのか。そういった事柄ばかりが、思い浮かぶ。

 そうして気分が憂鬱になると、身体が自然と冷蔵庫の方へと向かう。ストックされていた、缶チューハイ。黄色と銀の特徴的なラベル。驚くべきはその度数。思考のプロセスを経ずに、身体は缶を開けていた。

 ……そこからの記憶は無い。だけど、何があったかは容易に予想できた。

 その日の深夜、眠りから覚めると、眼前には酔った勢いで書かれたであろうトンデモ記事が広がっていた。迷わずにそれを消し去ると、再び眠りについた。何も、考えたくなかったのだ。


  ◆


 電車で数十分。例のビルは薄暗い路地の一角に整然と佇んでいた。

 結局、騙されたと思ってここに来た。メールの内容が嘘なら嘘でそれなりの脚色を交えて書けば良いし、もし本当ならば…… 言わずもがなである。

 ビルの出入口には、管理会社の看板の他に所有を示す物は何も無かった。階段とエレベーターがある。ビルの階数は四階まで。

 奇妙なのは、このビルには何の役割も無いことだ。普通、ビルというものはいくらテナントが空いていようと一つくらいは何か入っているものだ。けれど、このビルは全階空きである。それはメールの内容が本当であると信じる材料になるが、同時にいたずらとして選ぶならこれ以上ない場所だとも思う。

 メールの住所には四階と書いてあった。エレベーターの昇るを押すと扉はすぐに開いた。それに乗り込み、誰もいないからすぐに扉を閉じる。動き出すと、身体に特有の浮遊感が現れる。そのまま何も考えずに着くのを待っていると、突然電気が消えた。それに対して何だと思った瞬間、電気は再びついた。

 ……会社の管理不足だろう。そう思い聞かせようとすると、エレベーターの扉が開いた。

 視界に入ったのは、真っ白な空間だった。床から壁、天井にかけて白一色。おおよそ正方形に近い部屋の中央には、机が一つだけ置かれていた。

 何より脳を狂わせるのは、窓が一つも無いことだ。それに、扉も無い。ビルの外観には確かに窓が並んでいたと記憶を再認する。

「ようこそ、ゲームの会場へ」

 途端、思考は突如脳内に響いたこの声に奪われた。

「Over dying game 死を越えたモノを得る好機を、貴方に賜りましょう」

 その声音は、例えるなら紳士の声。落ち着いた低音が、死の誘惑を囁く。

「……ゲームは、何をするんだ」

 一体誰に向かって話しているのか分からないが、空に向かって問いを投げかけた。

「簡単なイエスノークエスチョンゲームです。私の質問に答えて、貴方が真に望む答えを導き出してください」

 その内容に疑問を抱いた。普通、イエスノークエスチョンは質問する側が答えを出す。だが、この男が言うには、このゲームにおいては質問される側が答えを出すらしい。それで一体ゲームが成り立つのか。そんな疑問を抱いていると、男は最初の質問をした。

「貴方は今、死にたいですか?」

 ……何だこの質問は。と、困惑したが都市伝説の内容的に聞かれてもおかしくは無いな、とも思う。

「はい、いいえでお答えください」

 しばらく黙りこくったからか、男は急かすようにそう言った。

「はい」

 それに対し、殆ど時間を用いず無意識的にそう聞いていた。

「死ぬのは怖いですか?」

 ……痛いのは嫌だ。けれど、生きている以上の苦痛があるのかと自問する今もある。高い所から落ちるとか、サクッと死ねるなら怖くないのかもしれない。あくまで想像の範疇だが。

「いいえ」

「生きる理由はありますか?」

 ……死にたいのだから無いだろう。

「いいえ」

「では、生きる意味はありましたか?」

 ……昔はあったのか、という問いだろう。そりゃ、何年か前まではあった。小説家になろうとしていた。その覚悟を決める為、東京にまで来た。成果はすぐには振るわなかった。死ぬ気で努力した。出版まで漕ぎづけても、たいして売れないのが殆どだった。

 その生きる理由を見失ったのは、何でも無い日だった。……自分より年下の作家が芥川賞を取ったというニュースを見たのだ。その瞬間、今までの頑張りが馬鹿にされたような気がして、執筆に集中出来なくなった。そしていつしか、自身は夢を諦めたフリーライターへと堕ちていた。

「はい」

「その意味はもう取り戻せないのですか?」

 今ではもう諦めた夢だ。けれど、もう一度目指してみるのも悪く無いのかもしれない。ふと、そういう考えが頭を過った。

「……そうだな、もう一度目指してみるか」

「おめでとうございます。それが、真に望む答えです」

 男の声は、質問していた時の無機質なモノとは異なり、祝福に満ちたモノへと変わっていた。

「本当に死にたいと思うならすでに貴方は死んでいる筈です」

 本当はずっと、生きる意味を持っていたのだろう。けれど、それは靄がかかっていて、見ようともしなかった。

「ゲームの勝者たる貴方には、死を超えたモノ。つまり、生を与えましょう」

 その瞬間、ふと視界が暗転した。それが明るくなると、外観通りのビルの中にいた。エレベーターを見ると、四階であった。

 ……結局、あれは何だったのだろうか。そういった疑問はさして湧かなかった。今はただ、生きようという思いでいっぱいだった。


  ◇


 私は実際にゲームを体験した。内容は、特殊なイエスノークエスチョン。結果は、私の勝利だった。

そう、私は勝ったのに此処にいるということは、究極の死なんて無かったのだ。けれども、私はそれ以上のモノを手に入れた。

 このゲームは、例えるならば死ぬ前の寄り道だろう。けれども、寄り道が人生を変えてしまうこともある。

『Over dying game』は人を殺すゲームでは無い。人を生かすゲームだったのだ。きっと、噂が広まるうちに現在のような形に変わってしまったのだろう。

 だからこそ、私はこの都市伝説の名前を変えてしまいたい。


『Get Over dying game』と

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