四話、料理。
声の方を向くと、そこには店員がプレートを手に持ち微笑みを浮かべて立っていた。少し甘くていい匂いが漂っていて、口の中には唾液が湧いてきた。
だけど、料理が置かれるよりも前に俺には店員に伝えなければいけないことがある。口の中に溜まった唾を飲み込み、震える口を開く。
「あの、すみません。財布がなくて支払いができないんです……」
「ああ、そのことでしたら大丈夫ですよ。この店はお代をいただくことはしませんから」
微笑みを崩さないまま、店員の女性はそう言ってくれた。それを聞き、ほっと心の中で胸を撫で下ろしたのと、俺が悩んでいた時間は一体なんだったんだろうか、と少しだけ呆気に取られてしまった。
「そ、そうなんですか」
「ええ、安心して料理に身を委ねてください」
そう言い、店員は小さく会釈をして俺の机に手に乗せたプレートを置く。俺はお任せで出された料理が気になってそのプレートを目で追い──絶句した。
「あなたへの料理はこちらとなります」
そこに置かれた料理のある一点を見つめる。それは旗だった。白い四角に赤い丸があるだけのシンプルな旗。日の丸……日本の国旗がチキンライスの上に刺さっている。俺の机に置かれたのは、豪華な料理でもなんでもなく、お子様ランチだった。
「これが、俺への料理?」
憤りを感じた。こんな物を出されるなんて馬鹿にされているとしか思えない。俺は店員に文句を言う為に目線を上げる。だが、店員はもうそこにいなかった。
視線をお子様ランチに戻す。チキンライスにハンバーグ。エビフライにタコさんウィンナー、ナポリタンとブロッコリー、それにプチトマト。子供の好きなオムレツにデザートのプリンまで乗っている。それら全ては大人の俺にとって二口程の量しかなかった。
食べずに帰ろうかと思ったが、脳裏に母の言葉を思い出してテーブルの上に置かれたスプーンを手に取る。それは子供用のスプーン。今の俺には少しばかり小さすぎる。
──せっかくだから、食べよう。
そして、一番最初に俺の大好きなチキンライスの端っこだけをスプーンに乗せて口の中に入れてよく咀嚼する、お母さんにはよく噛んで食べなさいって言われているから。
ケチャップの甘酸っぱさが口の中に広がっていく。それと共に、視界がぼやけ初めてきた。どうして、こんなに胸が寂しいんだろうか。
「かあさん……」
声が出ていた。もうこの世界からいなくなってしまった人のことを呼んでいた。
目頭が熱い。だけど僕はそのまま、たこさんウィンナーをスプーンに乗せようと頑張る。このスプーンは僕の手に少し大きくてうまく乗せられない。諦めて、僕は手でスプーンの上にウィンナーを乗せて、その大きなウィンナーを口一杯に詰め込んだ。
懐かしい味に涙が止まらない。これを食べていると、ここにいない人のことが頭の中に浮かんでくる。どうして、このお子様ランチがこんなに僕の胸を打つのだろう。
僕の記憶はお子様ランチを食べながら、どんどんと過去へと遡っていく気がした。社会人、大学生、高校生、中学生、そして小学生へと巻き戻っていく。そして、小学生の始まりの頃、泣いている僕がそこにいた。
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