五話、思い出。
そうだ、思い出した。このお子様ランチは母さんと毎月、馴染みのレストランへと食べに行っていた料理だ。これを最後に食べたのは、母さんが亡くなってしまった日だった。
もう二十年も前の話だ、僕は母さんがいなくなった日に一人でお子様ランチを食べにレストランに入った。お母さんがいなくなっても一人で出来るよって天国の母さんに見せるように。その時に、店員が僕に優しくしてくれたんだ。
だけど、母さんのことを思い出してしまうその味に、僕はそのお子様ランチを少しだけ残してしまった。全て食べてしまえば、母さんが完全にこの世界から消えてしまう気がして。
思えば、心の奥底では母さんがいなくなったことを認めきれてなかったのかもしれない。そんなことを今更になってから気付くなんて⋯⋯。
「……おいしい」
お子様ランチを食べ進めるごとに、母さんとの思い出が一気に脳内に溢れ出す。優しかった母さんのことを、母さんが僕にくれた笑顔のことを。
父が僕とお母さんを残して他の人のところへ行った日、母さんは泣いていた。それを僕は見てしまった。
自分が一番苦しかったはずなのに、僕の前では笑顔をずっと浮かべてくれていた。だから、僕は早く大きくなってお母さんを守ろうとした、いなくなってしまったあいつの代わりに母さんを助けようとした。だけど、それは叶わない願いだった。
父と別れてからというものの、みるみる内に母さんはやせ衰えていった。病気が発覚したのはその時だった。母さんはそのまま病院に入院をし、残された僕は母さんの両親に預けられた。幼い僕には何もできることがなく、ただ空虚な気持ちを抱えたまま、大人に言われるとおりに動くだけ。
病室に行くたびに、母さんが段々やせ衰えていくのを見ることしかできない。それなのに、母さんは僕の顔を見る度に笑ってくれていた。その度に僕の心にできた穴は埋まっていた。そんな日々は長く続かなかった。
……母さんが亡くなったのはそこから一年。原因は幼い僕には教えてくれなかったからわからない。大人になってからわかるが、癌だったのかもしれない。それは、多分あいつがいる時から患っていた。だけど、自分のことを後回しにする母さんは酷くなる前に病院へ行かなかったんだ。
母さんがいなくなったその日から、僕は何をすればいいのかわからなくなってしまった。夢も目標もなく、ただ無駄な人生を過ごしてしまった。何もない、空虚な人生を僕は送った。取返しのつかないことを僕はしてしまったのだ。これでは、母さんに会わす顔がない。
だけど、もう一度会いたい。このお子様ランチを食べていると、心の中にはそんな感情が湧いてくる。
「かあさん……」
「どうしたの、
聞き覚えのある声に、料理へ向けていた視線を恐る恐る正面の席へと向ける。そこには、会いたくてやまなかった母さんがいた。
──僕の好きな表情を浮かべながら。
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