「アリガさん?」
「アリガさん?」
顔をあげた彼女は確かにアリガさんだった。
その表情はまず驚き、次に怪しみ、最後にぱぁっと笑顔になった。
大学一年生から三年生までの間、大学の最寄りから三つ離れた駅の前にある家系ラーメンの店で一緒にバイトしていた仲だ。
「どうしたんですか? しゃがみ込んで……」
彼女に声をかけるのは勇気のいることだった。と言うのも、ここはいけふくろう前。人混みから投げられる奇異の視線の真ん中で、体育座りをするスーツ姿の女性こそが──アリガさんだった。
「……ねぇ今時間ある? これをさ、ここで持ってて欲しいんだ」
彼女は大きな紙袋を手渡してきた。GUだ。テープで封をされていて中身は分からない。
「これ、お礼にあげるから」
リップクリームを手渡してきた。そしてアリガさんは何度も振り返って手を振りながら、駅の奥へと去って行った。
七時間後。
終電なので、俺は帰ることにした。
紙袋はその場に置いた。
山手線のホームへ上がり、ゴミ箱を探す。すぐに見つけた。俺はバニラの香りがするリップクリームを放り捨てた。
そして顔を上げたとき、気がつく。
向かいのホームのベンチにアリガさんが座っていた。泣きじゃくっている。横には駅員が二人いて、困ったような宥めるような曖昧な態度を取っていた。
──電車、が来てその光景は遮られた。
俺はリップクリームを拾ってから、飛び乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます